第257話 爆弾の構造解析

 ルッチラはゲルベルガさまをひざに抱いて、ゆっくりと語りだす。


「まず素材はほとんど愚者の石で造られていて……」


 ルッチラは意外と細かい構造まで把握していたようだ。

 あの一瞬で、そこまで理解していたとは思わなかった。


「ほうほう。つまりこのような感じなわけだな?」


 フィリーは聞き取った内容を、紙に書いて図面におこしていく。


「ぼくにわかったのは、このぐらいです」

「いや、思っていたより詳しい。とても助かった。とはいえまだ情報が欲しいな」

 そう言って、フィリーが俺とケーテを見た。


「我の出番であるな。我もルッチラの後ろから覗いていたから少しわかるのである」


 ケーテはどや顔をして、尻尾をゆっくりと揺らす。

 ケーテの説明はルッチラの説明より錬金術寄りだった。


 風竜は、竜族の中でも魔法文化的に錬金術が得意な一族だ。

 それゆえ、ケーテも錬金術には造詣が深いのだ。


 ケーテの説明が終わりフィリーの書いた図面がより詳細になった。


「ケーテの説明も非常に助かった。ありがたい」

「お役に立てて何よりなのだ!」


 嬉しそうにケーテは尻尾を揺らす。


 照れているのか、近くにいたニアを抱き寄せて耳と耳の間、頭頂部のあたりを撫でまわす。

 ニアは少し困惑しながら尻尾を揺らしていた。


「では、次は俺が把握していることを説明しよう」

「ロックさんの分析なら頼りになる。ありがたい」


 フィリーが俺に期待のこもった目を向けてくる。


「後ろから覗いていただけだから、あまり期待しないでくれ」

「わかっているさ」


 フィリーは眼鏡の位置を直しながら、微笑んだ。


「まず、主要な魔術的機能は、三つの部位、つまり三つの魔法陣で構成されていた」

「ほうほう?」

「構造を隠ぺいする部分。魔力探査を妨害しつつ探査の進捗を測定する部分。そして爆弾部」

「ふむ?」

「それぞれ、このような魔法陣の構造だったはずだ。ルッチラ、ケーテ、どう思う?」

「ぼくは……そこまで把握できなかったですけど……」

「なんでもいい。わかったことは何でも言ってくれ」

「……はい。この部分はもう少し小さかったような気もしなくもないです」

「なるほど。確かにそうだな」


 実際に魔道具を見た魔導士三人で意見を出し合っていく。

 それをフィリーが書き留めていった。


「おおむねこのような感じだったのだな」

「恐らくはそうだと思います」


 ケーテとルッチラは結構自信がありそうだ。


「モルスは、話を聞いて何か気づいたことはあるか?」

「……そうですね。実際に見ていないのでなんとも言えないのですが」

「どんな些細なことでも構わない」

「魔力探査の妨害と、探査の進捗の把握は……こうした方が効率がいいと思うのですが……」


 竜族の中でも水竜は魔法文化的に結界術を得意とする一族だ。

 それゆえ思うところがあるのだろう。


「ん? そういわれて、もう一度図面を見てみると、確かにそうだった気がしてきたのだ」

「確かにそうかも……」


 ケーテとルッチラがそんなことを言い出した。


「ロックはどう思うのだ?」

「ふむ。確かにモルスの指摘の方が正しい気がする」


 フィリーがモルスの意見を聞いて図面を描き直す。


「ロック。とりあえず、これでよいだろうか?」

「ああ、フィリー。完全ではないが、かなり精度が高くなったと思う」

「ふむふむ。大体、このような構造なのだな。大急ぎで対処法を考えよう」

「先生、おれも手伝うぞ」

「ミルカ。頼りにしている」

「えへへ」


 それまで。黙って聞いていたゴランが笑顔を見せる。


「これがうまくいけば、ヴァンパイア関連の情報を拡散しなくてもよくなるな」

「そうだな。うまくいけばだが」

「全力は尽くすが、あまり期待はしないでほしい」

「わかっている。それでも、フィリー頼む」


 そのとき、ケーテが首を傾げた。


「ふむ? そういえば、なぜたくさんの人々に知らせたらだめなのだ?」

「えっと、……それはだな」


 俺がどのように理解させようか考えていると、ケーテが続ける。


「皆に知らせて、皆で戦えばよいのだ」

「皆で戦うことが出来ればいいのだが……、それは最後の手段にしたい」

「どうしてエリックはそう思うのだ?」


 不思議そうな表情を浮かべるケーテにマルグリットが笑顔で言う。


「もし私がヴァンパイアなら、その情報を利用して大打撃を与えることを考えるわね」

「どうするのだ?」

「まず何人か、ヴァンパイアの眷属を国側に捕縛させるの」

「ほう?」

「そうすれば、民衆も自分たちの中にヴァンパイアの眷属が入り込んでいることを信じざるを得なくなるわ」


 いくらヴァンパイアの危険があるなどと言われても、そう簡単には信じられない。

 王都には神の加護があるのだから。

 だが、直接見せつけられれば、王都の民も信じざるを得ない。


「インパクトが大切だから、誰に捕まえさせるかとか、タイミングとかが重要だけど……」

「ふむふむ?」

「民の心に恐怖を植え込んだら、小さな爆弾を仕込んだり、人間を数人惨殺したりすればいいわ」


 それだけで民の冷静さは失われていく。


「その後、タイミングを見計らって、あいつが眷属だとか、そういう噂を流せば……」

「どうなるのだ?」

「疑心暗鬼になった民が民を殺してまわるという事態になるでしょうね」


 王都に入り込んだヴァンパイアを始末する。

 そういう大義を掲げて、大暴れした結果、王都は大きな混乱に陥る。

 民が民を狩る事態になりかねない。


 それをエリックが止めようとするタイミングでヴァンパイアに政府が乗っ取られたと噂を流せば混乱に拍車がかかる。

 民が政府に弓を引くことも考えられる。


 その隙をついて、野心を持つ上級貴族が兵を動かすかもしれない。

 国が混乱の極みに陥り、ヴァンパイアどもは、楽に活動できるようになるだろう。

 そんなことをマルグリットが語るとケーテはやっと危険性を理解したようだった。

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