第251話

 マルグリットは俺の説明を真剣な表情で聞いていた。

 右手はゴランに抱えられた徒弟の腕をやさしく撫でている。


「真祖……なんということなの」

「それに昏竜イビルドラゴンとハイロードと魔装機械であるぞ!」

 ケーテはどこか自慢げだ。尻尾の揺れもいつにもまして激しい。


「はっきり言って、マルグリットの手勢では返り討ちだっただろう」

 ゴランが真面目な顔で言う。


「そうね、完全に見誤っていたわ。私と諜報機関の致命的なミスね」

 素直にマルグリットは反省している。セルリスの素直さは母親譲りなのかもしれない。


 反省したあと、マルグリットは向こうの事情を説明してくれた。

 マルグリットの徒弟が誘拐されたので、駐在武官と私兵を率いて救出に来たのだと言う。

 もちろん、リンゲイン王国の許可を得たうえでの行動だ。

 むしろリンゲイン王国は騎士たちを貸そうと準備してくれていたらしい。

 だが、マルグリットは時間がないと急いだのだ。


 マルグリットは侯爵で特命全権大使だがAランクの魔法剣士でもある。


「ロードだという情報だったから、私たちだけでやれると判断してしまったわ」

「ママ、本当によかったわね」

 セルリスの言うとおりだ。奇跡的な幸運だ。


 そして、エリックの方もほっと胸をなでおろしていた。

 全権特命大使が兵を率いてきていた事情が、重大な政治的事情ではなかったからだろう。


「エリックのことは伏せて、リンゲイン政府には報告するわね。いいかしら?」

 ここまでのことがあった以上、報告しないわけにはいかない。

 真祖に率いられた大量のヴァンパイア、昏竜に魔装機械だ。国防にかかわる。


「ああ、頼めるか? 苦労を掛ける」

「気にしないで、エリック。リンゲインとの折衝は得意分野よ」

 そう言ってマルグリットは微笑んだ。


 マルグリットの持つ爵位、シュミット侯爵はリンゲイン王族ゆかりの一族だ。

 その関係もあり、マルグリットはリンゲインの王侯貴族に知己が多い。

 だからこそ、全権大使に任命されたのだ。


 そのころやっとマルグリットの部下たちが戻ってきた。

「屋敷には敵影は見つかりませんでした」

「ありがとう。魔石は?」

「はい。こちらになります。あとメダルのようなものや魔道具も集めておきました」


 部下たちは優秀なようだ。屋敷の外で倒した昏竜の魔石や魔装機械の残骸も持ってきている。


「ロック、検分お願いするわ。この中では一番得意でしょう?」

「そうだな。調べてみよう。ケーテとシアも頼む」

「わかったのである」「任せるであります」

 ケーテとシアは元気に返事をすると、検分作業に入った。

 俺も検分しながらマルグリットに向けて言う。


「魔道具はケーテも詳しいし、ヴァンパイア関連のものならシアは俺より詳しい」

「そうなのね、すばらしいわ」

「そうなのである。詳しいのだ!」「それほどでもないであります」


 ケーテとシアは口では正反対のことを言いながら、尻尾は同じように揺らしている。


「ところで、マルグリット。ここはどこなんだ?」

「リンゲイン王都から徒歩で三日の位置にある、とある貴族の屋敷ね」

「……その貴族は?」

「謀反の嫌疑をかけられて連行されそうになったのだけど、その際に自害したわ」


 本当に謀反の計画を立てていたのか、政敵に嵌められたのかはわからない。

 そして、それはリンゲイン王国の問題だ。俺が何かすることではない。


「俺たちが何か調べるわけには行かないし、リンゲインの調査頼みになるな」

 エリックの言うとおりだ。勝手に調べたりしたら、内政干渉と捉えられかねない。


 情報交換を済ませた後、戦利品も分配する。

 戦利品としてというよりも、敵の状況の調査材料としての分配だ。


「本当はお金も支払うべきなんでしょうけど」

「それは気にしなくていい」

「で、あなたたちはどうやって帰るの?」

「敵の使っていた転移魔法陣を修復して使う予定だ」

「そんなことができるの?」


 マルグリットの問いになぜかケーテがどや顔で答える。


「普通は出来ないのであるが、ロックならできるであろう!」

「そうねロックさんならできるわ!」

 セルリスも少し嬉しそうに言う。


「それは……確かにそうかもしれないわね」

 マルグリットはそう言ってから考え込む。


「マルグリット。もしかして再利用を考えているのか」

「そうね。行き来できるなら便利でしょう?」

「確かに便利だが、国防上の重大な問題になりそうだが」

 エリックの懸念はもっともだ。


「それもロックに隠ぺいを頼めば何とかなるだろう」

「ゴランの言う通りなのである。それに、もしばれても風竜王のせいにしてもいいのだ」


 人族の国境に竜の王族は縛られない。

 ケーテがやったといえば、それ以上文句をつけることは難しいかもしれない。


「そういうことなら、開通させた後、リンゲインの王都近くに設置しにいこうか?」

「ロック。どのくらいかかりそう?」

 マルグリットが期待のこもった目で見つめてくる。

 開通すればセルリスと頻繁に会えるようになる。それが嬉しいのだろう。


「開通には、結構かかると思ってくれ」

「時間がかかってもいいわ。とても嬉しい」


 そう言うとマルグリットは微笑んだ。

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