第250話

 侵入者たちは扉を開けずに魔法でぶち抜いた。

 同時に突入してくると思ったのだが、突入してこない。

 その代わりに眠りの雲スリープクラウドが撃ち込まれる。なかなか強力な眠りの雲だ。

 エリック、ゴランなら大丈夫だが、シア、セルリスは眠ってしまうだろう。

 だから、俺は眠りの雲から味方を守る。


「眠りの雲は空気の流れさえ操れば怖くない」

「そうか、勉強になるのである」


 風竜の王族であるケーテは生まれつき尋常ではないほど精神抵抗値が高い。

 眠りの雲など、寝つきをよくする効果すらないだろう。

 よって対策法は必要なく、ゆえに知らない。そう思って対策法を教えておく。


 しばらくして、外から風魔法が使用され、眠りの雲が排出される。

 その後、四人が手際よく突入してきた。武器は短めの剣。室内戦を想定した装備だ。


 眠りもせず、平然と立っている俺たちを見て、侵入者は一瞬固まる。

 そして剣の切っ先を俺たちに向ける。

「……動くな!」

 俺は素直に前に出ると、害意がないことを示すために両手を上げる。


「武器を捨てろ!」

 これは俺の後ろで剣を抜いているシアたちに向けた言葉だ。

 シアもセルリスたちも警戒しているので、剣を捨てるわけがない。


「もう一度言う! 武器を捨てろ!」

「まあ、まて。別に俺たちは眷属でも、魅了されているわけでもない」

「……なんだと?」

「ヴァンパイア共は居なかっただろう? それは全部俺たちが倒したからだ」

「そんなわけ、いや……まさか……」

「指揮官と話をさせてくれ。事情を説明しよう」


 俺の言葉が聞こえたのだろう。後方から女性が前に出てくる。おそらく指揮官だ。

「閣下。危険です!」

「大丈夫よ」


 指揮官は、慌てた様子の戦士をなだめつつ一番前まで来ると、

「あら、まさかラ……ロック? それにゴランとセルリスまでいるのね?」


 それは俺にとっても昔馴染み。ゴランの妻、セルリスの母だった。

 ちなみにゴランの妻はマルグリット・モートン・シュミットという。

 シュミット侯爵家の当主でもある。


「久しぶりだな。十年ぶりか?」

「そうね、ロック」

 俺の帰還と変名のことはゴランかセルリスから手紙で教えられたのだろう。

 会話をしながら、マルグリットはまっすぐゴランのもとに歩いていく。


「お、おう、ひさし――」

 ゴランは照れた様子で声をかける。

 だが、マルグリットはゴランをスルーして、ゴランに抱えられた徒弟の様子を見る。


「よかった。無事みたいね」

「ああ、魅了はかけられていたようだが、ここのボスを倒したからな」

「……そうなのね。ゴラン、それにみんなもありがとう」


 マルグリットは柔らかい笑みを浮かべた。徒弟の無事を確認してほっとしたのだろう。


「ロック。それにしても変わってないわね」

「マルグリットも変わらないな。相変わらず美人だ」

「そうでしょう?」

 そういうと、マルグリットはにこりと笑った。


「え? なんでママが?」

「こんなところで、なにしてるんだ?」

 セルリスもゴランもとても驚いているようだ。


「それはこっちのセリフよ。なんでリンゲイン王国にあなたたちがいるの?」

 マルグリットはリンゲイン駐箚ちゅうさつ特命全権大使だ。リンゲインにいること自体はおかしくない。

 兵を率いて、ヴァンパイアの拠点に乗り込んできたのはおかしいが。


「マルグリット、話せば長くなるんだがな……」

「かまわないわ。ロック聞かせてちょうだい」


 そして、マルグリットは部下たちに指示を出す。


「ヴァンパイアどもの魔石を回収しておきなさい。ロックいいかしら?」

「ああ、頼む。一応魔道具などがあれば、検分させてくれたら助かる」

「もちろんよ。ロックたちが倒した戦利品なのだし、当然そっちに権利があるわ、ただ」

「わかってる。数と種類のデータが欲しいんだろう?」

「ええ、そう。話が早くて助かるわ」

 それからマルグリットの部下たちが屋敷中に散っていく。


「人払いはすませたわ。詳しくお話を聞かせて頂戴」

「まずは紹介から始めようか。こいつは俺の魔法で変装しているエリックだ」

「これは失礼いたしました。全く気が付きませんでした。陛下」

「気づかないのは当然だ。ロックの魔法だ。それに敬語は使わないでくれ」

「わかったわ」


 詳しく説明しなくても、マルグリットは状況を理解したようだ。

 侯爵であるマルグリットが敬語を使う相手は限られる。

 部下に敬語を使っている姿を見られたら、エリックの正体が露見しかねない。


「で、こっちが風竜王のケーテ、狼の獣人族族長で騎士のシア、俺のペットのガルヴだ」

「これは、風竜王陛下でございましたか。失礼いたしました」

「くるしゅうない!」


 ケーテは尻尾を嬉しそうにぶんぶん振っている。

 ガルヴも嬉しそうに、尻尾を振ってマルグリットに体を押し付けていた。

 俺とケーテ以外には飛びつくなと躾けたので飛びつかないのだ。とても偉い。


 マルグリットはガルヴの頭をやさしく撫でながら、シアにも挨拶を済ませる。


「では、手短に説明しよう」


 俺はマルグリットに向けて、これまでの経緯を説明した。

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