第248話

 頭だけにした後、霧に変化したヴァンパイアは初めてかもしれない。

 大体頭だけにする前に霧やコウモリに変化しようとした。

 そして頭だけにした後、尋問を続けようとしたら、自ら死を選び灰になる。

 俺が今まで対峙した高位ヴァンパイアの最期のパターンはすべてそうだった。


「逃がすわけないだろ!」

 俺は霧を魔神王の剣で斬り、ドレインタッチで魔力を吸い尽くす。

 生きたまま尋問したかったが、逃げられるぐらいなら、殺した方がいい。


 俺の振るった魔神王の剣が魔素を吸いあげる。

 同時にドレインタッチで少しにじみ出たような漏れ出た魔素をも吸い尽くした。

 真祖の頭は、無事灰になった。


「尋問したかったが……」

「逃げられるよりは、はるかにましだ」


 エリックがつぶやいてから、ほっとしたように息を大きく吐いた。


 ――我に勝利した褒美はもう充分だろう? 次に会える時を楽しみにしているがよい。


 どこからともなく、静かで低い空気を震わせるような声が聞こえた。

 部屋全体、いや建物全体が響いているようだ。


「どこだ? どこから聞こえる?」

 エリックが険しい顔で周囲を見回す。


 俺も魔力探知も魔力探査も全力で働かせているが、真祖の姿は捉えられない。

 だが、気配はそこら中からしている。


 ――もっとも貴様たちにとって、我との再会は死を意味するのだがな。

「次が最期なのはお前の方だ。次はこそこそ逃げ回れると思わぬことだ」

 ――ロック……。貴様の魔力覚えたぞ……


 その言葉を最後に声は聞こえなくなり、同時に周囲に充満していた気配も消えた。


「逃げられたか……」

「むうう。なんということだ! どういう仕組みなのであるか?」

「わからん」

「ロックにもわからなかったのだなー」


 狼の獣人族なら知っているだろうか。水竜たちやドルゴにも聞いてみたい。

 真祖は非常に珍しい。俺もエリックたちも遭遇するのは初めてだ。


 考え込んだ俺とケーテに向けてエリックが言う。

「とりあえず、ゴランやセルリスたちと合流しよう」

「ああ、まずはそうすべきだな」


 走り出そうとした俺の背に向けて、ケーテが大きな声で言った。


「こっち見てはいけないのである」

「ああ、そうか。全裸だもんな」


 ケーテは戦闘中に急いで竜に戻った。だから着ていた服はボロボロに破れている。


「着替えはあるのか?」

「ああ、用意してあるのだ」


 俺はゴランたちが通った扉を見る。確かに竜の姿のケーテでは通るのは大変そうだ。

 無理に通っても、あとの廊下では身動きがとりにくいだろう。

 戦闘のことを考えても、小回りの利く人の形態の方がいい。


「じゃあ、あとから追ってこい」

「わかったのだ」


 俺とエリックは先を急ぐ。

 魔法探査をかけているから、周囲には敵はもういないことはわかっている。

 ケーテ一人にしても大丈夫だろう。ただでさえケーテは強いのだ。


 俺とエリックが少し走ると、ゴラン、セルリス、シア、ガルヴが見える。

 ほぼ戦闘は終わりかけていた。俺はゴランに話し掛ける。


「そっちはどうだ?」

「ああ、ひとまず大丈夫だ。ちょっとロードの数が多かったな」

 ゴランは、剣で最後のヴァンパイアロードの首を落としながら言う。


「ガウ!」

 嬉しそうにガルヴも俺に飛びついてきた。

 爪と牙に血がついている。ヴァンパイアの血だろう。後で洗ってやった方がいいかもしれない。

 頑張ったようなので、今はいっぱいほめて、撫でてやることにした。


「ガルヴ、頑張ったな?」

「がうがう!」


 ガルヴは嬉しそうに尻尾を振る。

 セルリスとシアは剣の血をぬぐったり、防具を調整したりしている。

 次の戦闘に備えているのだろう。


 ゴランが言う。

「そっちの方こそどうだった? あれ? ケーテはどうした?」

「ケーテは人型に戻ってから追ってくる手はずだ。敵には逃げられた」

「……なんと。ロックとエリックがいて逃げられるってのは珍しいな」


 ゴランの声には非難は混じっていない。純粋に驚いているようだ。

 だが、エリックは申し訳なさそうに言う。


「すまん」

「いや、謝らなくていいが、なにがあった?」

「それがだな……」


 俺が説明しはじめようとした時、ドタドタと足音がした。

「待たせたのである!」


 それを確認して、エリックが言う。


「ケーテも合流したことだ。とりあえず説明は後回しにして人を救い出すか」

「そうだな。そうしよう」


 俺が同意すると、ゴランやシア、セルリスもうなずいて同意を示した。

 俺を先頭に走り出すと、セルリスが言う。


「人を先に救出しようとしたのだけど、思ったよりロードが多くて」

「ああ、そうみたいだな。よく無事だった。邪神の加護の影響は受けたのか?」

「それはほとんど大丈夫だったわ。多少頭痛がしたぐらいかしら」


 ヴァンパイアの最上位であろう真祖が使っていた邪神の加護の範囲が狭かったのだ。

 少なくとも現在の昏き者どもが使える邪神の加護は、全てそうだと考えていいだろう。


 俺が少し安心したころ、人間たちが捕らえられている部屋の前に到着した。

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