第235話

 俺のすぐ近くに顔を寄せていたケーテがびくっとして後ろに飛んだ。

 それだけで大体十歩分ぐらいの移動距離だ。風竜王ケーテの体はそれだけ大きいのだ。


「うわ、父ちゃん。気配を消して近づくのはやめるのである!」

「別に消してなどいない。油断しすぎだ」


 そして、ドルゴは俺の近くに降り立った。その背にはエリックとゴランが乗っている。

 確かに十分ほど待てと指示された。だが、まさか十分でやってくるとは思わなかった。

 風竜の翼をもってしても、かなり急ぐ必要があっただろう。


 俺はドルゴに頭を下げる。


「お忙しいところ申し訳ありません」

「いえいえ! ちょうど娘にも会いたいとおもっていたところですし」


 そういって、ドルゴは笑った。俺はドルゴの背から降りたエリックとゴランに言う。


「ずいぶんと早いな」

「当然だ。たまたま三人とも王宮にいたんだ」

「だから、急げばこのぐらいで駆けつけることもできるってもんだ」


 エリックとドルゴはどや顔だ。


「まさか、王宮から飛び立ったのか?」

「そんなことはしない。大騒ぎになるからな」

「だろうな」

「ロックの屋敷経由で、王都の外に出て、飛び立ったのはそこからだな」


 エリックもゴランも、そして人型のドルゴも走っても速い。

 ものすごく高速で走る三人の人影の噂が立たないか心配だ。


 エリックはすぐに周囲を観察して、転移魔法陣に目を向ける。

 転移魔法陣はまだ活性化されたままだ。

 小さなこぶし大の魔道具から空中に鈍く光る大きな魔法陣が展開されている。


「これが例の転移魔法陣か?」

「そうだ。この中からハイロードを含めた大量のヴァンパイアがわいて来た」

「さっそく、中に入るとするか」


 エリックは張り切っているようだ。


「その前に、狼の獣人族に連絡しないといけないだろう」

「それは上空で済ませた。抜かりはない」


 ドルゴの背の上で連絡したということだろう。さすがは国王。できる男だ。

 その時、セルリスが叫ぶように言う。


「私も行きます」

「セルリス。お前は留守番だ」


 ゴランがはっきりと告げる。何度か見たやり取りだ。

 俺はへこんでいるセルリスに言う。


「セルリスが成長しているのは知っているが、今回は予測が立てにくい」

「私では対応できない可能性が高いってことよね?」

「正直、それもあるが、こちら側でも何が起こるかわからない。戦力は残しておきたい」


 セルリスをなだめるための方便でもあるが、それだけではない。

 実際、こちら側に戦力をある程度は置いておきたいのは事実なのだ。


 だが、ケーテが首をかしげながら言う。


「うーん。ニアとルッチラはともかく、セルリスは連れて行っていいのではないか?」

「ケーテ、そうは言うがな」

「シアは連れて行くのであろう?」

「当然、あたしは行くでありますよ。狼の獣人族の集落が襲撃を受けたであります」


 シアは迷いなく言う。

 ヴァンパイア狩りの一族である狼の獣人族が、ヴァンパイアに襲われたのだ。

 しかも、十二の主要族長の屋敷すべてに、ほぼ同時に攻撃を仕掛けられた。


「これは狼の獣人族に対する完全なる宣戦布告でありますよ」

「そう……か?」


 俺は少し返答に困ってしまった。

 ヴァンパイアと狼の獣人族は、ずっと昔から戦闘中だ。いまさら宣戦布告もないだろう。


「特大爆弾の使用から考えて、殲滅戦を仕掛けられたといわざるを得ないであります」

「シアの気持ちはわかるが、うむぅ」


 ゴランは少し考えている。


 ヴァンパイアが狙ったのは、むしろ王宮の方だと俺は思う。

 狼の獣人族では爆弾を解析するのは難しい。

 調査依頼を出せば、枢密院主導で王宮に近い宮廷魔導士か宮廷錬金術士が調べることになる。

 そうなれば爆弾はそこで爆発しただろう。


「……とはいえ、この短期間で爆弾が王宮に運ばれたとは考えにくいのは事実だな」

 にもかかわらず、ヴァンパイアどもは湧いていた。

 王宮もしくは、狼の獣人族のどちらかを殲滅できればそれでいいと考えていた可能性も高い。


「ロックさんの言うとおりであります」

 そして、シアは俺たちを見回しながら言う。


「ということで、狼の獣人族が今回の戦いに参加しないのはあり得ないであります」


 ほかの狼の獣人族の戦士を呼びに行くのは、さすがに時間がもったいない。

 そして、ニアは未熟すぎる。となるとシアを連れて行くしかない。


「シアがいくなら、私も行くわ!」

「そうは言うがな」

 ゴランは、まだためらいがあるようだ。


「よいではないか。かわいい子は虎穴に放り込めというのである」

「……言わないだろう。そんなことわざ聞いたことない」


 俺が言うと、ドルゴがこそっとつぶやくように言う。


「……実は竜族にはそういうことわざがあるのです」

「そうなのですか?」

「はい。実際に放り込むこともありますし」


 竜は子供でも強い。弱い人間とは違うということなのだろう。

 ケーテの意見を聞いて、エリックが小さな声でゴランに言う。


「ゴラン、まあよいのではないか? 戦力的には、すでに一流の戦士だ。危険ではあるが……」

「……そうだな。セルリス。同行を許すが指示は聞け。一人で突っ走ることは絶対にするな」

「わかっているわ。ありがとう!」


 セルリスはとても嬉しそうだ。だがゴランは不安そうに俺の耳元で言う。


「ロック。いろいろと頼む」

「わかった。安心しろ」


 俺はゴランを安心させるように、微笑んでおいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る