第216話

 ダークレイスが足を止めた瞬間。

 後方から俺を追い抜き、ガルヴがとびかかった。

「ガガウ! ガウガウガウ!」


 ガルヴはダークレイスの首辺りに牙を立てた。そのままねじ伏せる。


「KI!?」

 何が起こったのかわからない。そんな声をダークレイスが発した。


「なんと!」

「レイスに牙が通るとは!」

 後方のケーテとモルスも驚いている。正直、俺も驚いた。


「ウーーーガウガウ!」


 ガルヴはダークレイスを牙と爪で押さえつけている。

 ダークレイスの体は魔素で構成されている。物質ですらない。

 臭いも全くないし、魔法を放つ直前直後以外、目にも映らず音もしない。

 だからダントンの屋敷の壁もすり抜けて、侵入することが出来たのだ。


 狼の獣人族は目も耳もよく、嗅覚も鋭い。しかもヴァンパイアの精神系魔法が通じない。

 狼の獣人族、その族長の屋敷に入り込むには、レイスは最適な魔物と言えるだろう。

 だが、霊獣狼にとってはレイスもほかの魔物と同じようなものらしい。


「ガルヴはレイスを抑えられるのか……」


 霊獣の狼。その特殊能力かもしれない。

 ガルヴの牙と爪そして体も、ただの物質ではないらしい。


 ガルヴが押さえ込んでくれている間に、俺は魔法の準備を終わらせる。

 魔力の柱を変形させて、魔力の檻を構成していく。

 檻を維持している間、ずっと魔力を消費する。しかも消費も激しい

 名前もついていないオリジナルの臨時の魔法。ダークレイス対策の非常手段だ。


 九割がた魔力の檻を組み立て、ガルヴに言う。

「ガルヴ、もういいぞ」

「がう!」


 ガルヴが飛びのくと、同時に魔力の檻を閉じた。


「ガルヴ、でかした。見事だ」

「がう!」


 魔力の檻を維持するために、両手がふさがっているので撫でられない。

 だから言葉だけで褒めておく。ガルヴは嬉しそうに尻尾を振った。

 あとで、撫でまくってあげよう。


 すぐにケーテとモルスが追いついてくる。


「閉じ込めたのだな?」

「ロックさん。お見事です」

「ケーテとモルスにも、ダークレイスの位置がわかるのか?」

魔力探知マジック・サーチを使っていますので」

「我も魔力探知を使っておるからわかるのである。平時には気づけないと思うのだ」


 魔力探知を使っていなければ、ケーテたちでも気づくことはできない。

 ということは、高位の魔導士であっても魔法なしでは気づけないということだ。

 魔力探知は魔力消費の少ない魔法の一つだ。だが、いつも発動しているわけではない。

 狼の獣人族のほとんども魔力探知は使えない。当然侵入されても気づけまい。

 改めてダークレイス対策を考えなければなるまい。


 とはいえ、まずは目の前のダークレイスである。


「さて……」

 果たして、ダークレイス相手に尋問することができるのだろうか。

 尋問せずに情報を得ることは可能だろうか。


 そんなことを考えていると、ダークレイスが声を発した。

「ワレヲホバクスルトハ……」

「が、がう!」

「しゃべったのである!」

 ガルヴとケーテが驚いていた。


「そりゃ、人族の言葉ぐらいわかるだろうさ」

「そうなのであるか?」

「ああ」


 驚くケーテに俺は解説する。


 人族の言葉を理解できないのならば、諜報活動するのは難しい。

 人族の書く文の読解と、発する言葉の聞き取りができるのは当然だ。


「聞き取りができるなら、発話もできてもおかしくない」

「なるほど」「がう」

 ケーテとガルヴは納得したようだ。


「さて……」

 会話ができるならば、尋問も可能だろう。

 魔力の檻を維持したまま、俺はダークレイスに近づく。


「誰に命じられた?」

「……コタエルワケガナイ」

「今回で侵入したのは何回目だ?」

「…………」

「答えるつもりはないってことか」


 やはり昏き者どもは口が堅い。

 邪神の狂信者たちと考えれば、それも納得である。


「どうするのだ?」

「答えてもらえないなら、消えてもらうしかないな」

「やはりそうするしかないのであるな」


 魔力の檻を維持するのに、大量に魔力を使う。

 とはいえ、俺の魔力は膨大だ。すぐに魔力が尽きて維持できなくなるといったことはない。

 それでも、魔力の檻を維持したまま、昏竜イビルドラゴンクラスを相手にするのは面倒だ。

 いつ急襲されるかわからない以上、ダークレイスの捕縛を維持する理由はない。


「最後に何か言いたいことはあるか?」


 俺がそう尋ねたのはあくまでも一応だ。恐らくなにも言わないだろうと思っていた。

 だが、予想に反してダークレイスは口を開く。


「オマエラハモウオワリダ」

「どういう意味だ?」

「オシエルワケガナカロウ」

「そうか。大規模な侵攻でも企てているのか?」

「…………」


 それ以降ダークレイスは一言も発することはなかった。

 情報を得ることをあきらめて、俺は魔力の槍でダークレイスにとどめをさした。

 それから魔力探知マジック・サーチ魔力探査マジック・エクスプロレーションを発動させて、周囲にいないか確認する。


「侵入してきたのはこいつだけか」

 俺がそうつぶやくと、ケーテが言う。


「ダークレイスは死んでも魔石が出ないのであるな」

「ダークレイスもレイスも物体じゃないからな」

「倒しがいがないのである」

「そうだな」


 見つけにくいし、退治も難しい。苦労して倒しても魔石も出ない。

 だから、冒険者にはレイス系は人気がないのだ。


「さて、ダントンの屋敷に戻るか」


 なるべく早く、族長たちに報告しないといけないだろう。

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