5章

第190話

 水竜の集落の付近の昏き者どもの本拠地を無事つぶしてから三日経った日の午後。

 俺は屋敷の居間の長椅子で横になっていた。

 ゲルベルガさまを胸の上に乗せて、優しくなでる。


「こここ」

「ゲルベルガさま、運動不足とかになってないか?」

「ここぅ」

 言葉はわからないが、雰囲気的に大丈夫なようだ。


「はふっはっはっ」

 そこに、ガルヴが太いロープの切れ端を咥えて、俺のお腹にあごを乗せてくる。

 ロープはちょうど豚足ぐらいの太さで、長さは俺の前腕ぐらいだ。

 荷物を整理したときに余ったのであげたのだが、ガルヴは気に入ったようだ。


「ガルヴも昼寝したらどうだ?」

「くーん」

 ――ぺちぺち


 甘えるような声を出しながら、ロープを俺の手に当ててくる。

 綱引きして遊びたいのだろう。


「ガルヴは元気だな。午前中には水竜集落へ散歩に行ったというのに……」

 仕方ないので、体を起こして綱引きの相手をしてやることにした。

 ゲルベルガさまは俺の肩の上に移動する。


「ほらほらー」

「がうがうがうー」


 ロープをつかんで引っ張ると、嬉しそうにガルヴも引っ張る。

 ガルヴは子狼だが馬ぐらい体が大きい。当然、力も強い。

 必要な運動量も多いのかもしれない。


「夕方にも散歩に行かないと駄目だな」

「わふ!」


 ガルヴは散歩という音に反応した。ものすごい勢いで尻尾を振った。

 ロープの引っ張り方が変わる。俺ごと魔法陣部屋に移動しようとしているようだ。


「夕方だからな。今じゃないぞ」

「がぅ」


 さすがは霊獣の狼、俺の言葉がわかるようだ。

 綱引きに戻った。


 適当にガルヴの相手をしていると、セルリスとシアとニアがやってきた。

 三人とも汗だくだ。庭で訓練していたのだろう。


「ガルヴ、遊んでもらっていたでありますねー」

「がう!」

 シアはゆっくりと尻尾を振りながら、ガルヴの背を撫でる。


「ゲルベルガさまも、楽しそうね」

「ここ」

 セルリスに撫でられて、ゲルベルガさまは機嫌よく鳴く。


 ちなみにミルカとルッチラはフィリーの手伝いをしている。

 錬金術系の仕事の助手をさせてもらっているようだ。


「ニア、訓練は順調か?」

 声をかけた瞬間、ニアの尻尾が勢いよく揺れた。


「はい。ご指導いただいた通り、先日の戦闘を思い出しながら、体を動かしています!」


 ニアもシアもセルリスも、ヴァンパイアロードなどと激しく戦った。

 それは得難い経験だ。復習することは成長につながるはずだ。


「まだ三人とも成長期だからな。特にニアとセルリスは、しばらく経験を体になじませるのがいいだろう」

「しばらくってどのくらいでしょうか?」

「一週間ぐらいかな」

「わかりました!」


 シアはともかく、ニアとセルリスは、まだ初級冒険者だ。

 ヴァンパイアロードは本来格上すぎる相手なのだ。オーバーワークにもほどがある。


「それに……」

「それに、なにかしら?」

 セルリスが首をかしげる。


「……いや、なんでもない」

 俺はあえて口にしないことにした。


 あの場は魔素が濃厚だった。

 昏竜イビルドラゴンにヴァンパイアロードにアークヴァンパイアを倒しまくった。

 体内に魔素が取り込まれたはずだ。三人とも自らの手で何体もとどめを刺している。


 理屈はよくわからないが、自分でとどめを刺した方が成長は早い。

 体内に入った大量の魔素がなじむまではゆっくりすればいいと思う。


 あえて言わなかった理由は、自分が急成長したと過信させないためだ。


「がぅー」

 そのとき、ガルヴがセルリスのお腹辺りに鼻を押し付けた。


「ふんっふんふんっふんふん!」

 ものすごい勢いで匂いを嗅ぎ始める。

 セルリスは困ったような表情になった。


「ちょ、ちょっとガルヴ」

「ふんふんふんふん」

 ガルヴは匂いを嗅ぐのをやめない。


「あの、ロックさん。お風呂借りていいかしら」

「もちろんだ。いちいち断らなくていいぞ」

「そういうわけにはいかないわ。シア、ニア、一緒に入りましょう」

「了解であります!」

「はい!」


 セルリスたちはお風呂に向かった。

 ガルヴのせいで、自分が汗臭いと思ったのだろう。


「ここぉ!」

 ゲルベルガさまが羽をバタバタさせて、セルリスの肩に飛び移る。


「ゲルベルガさまもお風呂入りたいの?」

「こぅ!」

「じゃあ、一緒に入りましょう」


 いつもゲルベルガさまはルッチラと一緒にお風呂に入っている。

 今日も恐らく一緒に入るのだろう。それでも隙あらばお風呂に入りたがる。

 どうやら、ゲルベルガさまはお風呂に入るのが好きらしい。


「がうー」

「ガルヴも一緒に入ったらどうだ?」

「がう!」


 ガルヴはまたロープを咥えて、俺の手にペシペシ当てる。

 お風呂に入るよりも、俺と遊びたいようだ。

 子狼なので、遊びたい欲が強いのかもしれない。


「仕方がないなー」

「がうがう!」

 俺はガルヴの綱引きの相手をする。


「ガルヴも昏竜とかヴァンパイアロードとか倒しまくってたよな」

「がう?」

「もしかして強くなっているのか?」

「がう!」


 ガルヴは嬉しそうに尻尾を勢いよく振る。

 強くなっている自信があるのかもしれない。


「まあ、いっぱい食べて大きくなるんだぞ」

「がーう!」


 俺はガルヴが飽きるまで遊んでやった。

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