第187話

 その時、ケーテとニアが、かいがいしく働いているのが遠くに見えた。

 ニアは戦闘が終わるとすぐに雑用に移ったようだ。働き者だ。

 ニアの鎧はところどころ壊れ、額には包帯を巻いている。休んだ方がいいだろう。


「リーア。ニアを休ませてやってくれ」

「リーアもそう言ったのだけど……。シア姉さんは今も戦っているからって」


 おそらくニアはまだ緊張しているに違いない。そして怖いのだろう。

 体を動かしているほうが不安がまぎれるのだ。


「ニア! こちらに来なさい」

「はい!」


 元気に返事をすると、まっすぐに駆けてくる。

 俺が声をかけた瞬間、尻尾はゆっくりと揺れた。少しほっとしたのかもしれない。


「ニア。戦っているところを見せてもらった。著しく成長している。見事だ」

「ありがとうございます」

 俺がニアの頭を撫でると、尻尾のゆれが激しくなる。


「今日はよく頑張ったな。しばらく休みなさい」

「えっ、で、でも……」

「襲撃が終わった直後は危ない。再度襲撃をかけられる恐れもある」

「はい。だからこそ備えを……」

「体力の回復も大切だ。再襲撃の際、戦えないと困る。水竜の皆さんに比べて、ニアは小さく体力もない。休ませてもらいなさい」


 竜の姿のリーアは大きな手で、小さなニアの手を取った。


「そうよ。ニア。しばらく休んでほしいの」

「でも……」

「それならリーアの背中で休めばいいと思うの。いざ襲撃されたとき助けてくれたら嬉しいの」

「そういうことなら……」


 さすがは王族。リーアは人を扱うのがうまい。

 リーアの羽と羽の間にハンモックのようなものを取り付ける。

 そこにニアが乗った。

 リーアがゆっくり動いている間は、快適そうだ。


「さて、俺ももう一仕事しないとな。リーア。俺はエリックたちのところに戻る。後は頼む」

「わかったの。気を付けてね」

「お気を付けください」

「うん。リーアとニアも気をつけてな」


 そして、俺は小屋に戻り、転移魔法陣を再起動し飛び込んだ。


「うおっ!」

 眼前に迫る大剣。魔神王の剣で辛うじて防ぎ、魔法陣から出ると同時に敵を斬り裂く。

 

「もう、戻ったのか!」

 エリックは魔法陣が刻まれた盾を、本来の用途通り盾として使っていたらしい。

 エリックが敵の大剣を盾で防ごうとしたときに、俺が出てきたというわけだ。


「肝が冷えたぞ」

 ガルヴを先に行かせなくてよかった。

 今後、盾に魔法陣を刻むときは注意をしなければなるまい。


「がうー」

 ガルヴは恐る恐るといった様子で魔法陣から出てきた。


「エリック、首尾はどうだ?」

「なんとか親玉っぽいのを倒したところだ」

「俺とエリック二人がかりで、かなりてこずった。ただのハイロードじゃねーな」


 とはいえ、ヴァンパイアどもの至高の君主でもないと思う。

 水竜の集落を襲った中にも同じぐらい強いものがいたからだ。


 シアとセルリスはアークヴァンパイアやヴァンパイアロードを倒している。

 ドルゴは上空を飛び回り昏竜をなぎ倒している。やはり強い。


 俺も残っているヴァンパイアや昏竜に魔法を撃ち込んでいった。

 指揮官らしきハイロードの上位種は既にエリックたちによって討伐されている。

 後は残党狩りのようなもの。しばらくかかったが、苦労せず敵を一掃できた。


 セルリスが緊張した様子で剣を構えたまま言う。


「終わったの?」

「まだ、終わってない。地下がある。エリック、ゴラン。警戒しておいてくれ」

「わかった」「任せてくれ」

「あたしもついて行くでありますよ」

「ガウ」

 ガルヴとシアが付いてきてくれるようだ。

 俺たちはヴァンパイアのボスが出てきた入り口へと向かう。


「たくさんの入り口からヴァンパイアどもが這い出て来てたよな」

「そうでありますね」


 俺は地下に火球を三発撃ち込んでいる。

 そして、ボスヴァンパイアと、大量の雑魚ヴァンパイアが湧きだした。

 まだ雑魚がいるかもしれない。


「エリック、ゴラン、セルリス。雑魚が這い出てきたら、対応を頼む」

「わかってる」


 俺は魔法で地下に空気を送る。それから中へと入った。


「シア、ガルヴ、何か気づいたら教えてくれ」

「了解であります」

「がう」


 地下は岩をくりぬいて部屋が作られていた。まるで洞窟のようだった。

 ところどころ転がっている灰の塊をシアが調べてくれる。


「ヴァンパイアの死骸でありますね。火球で死んだでありますよ。あ、これは……ロードのものであります」


 灰の中に入っている魔石でどのランクのヴァンパイアかわかるのだ。

 特にロード以上になると、メダルがあるので簡単にわかる。


 俺たちは魔石を回収しながら歩いていく。

 地下の構造は単純だ。

 蟻の巣のように通路が所々で膨らみ小部屋のようになっている。

 扉はあるが、火球を食らったせいで溶解していた。

 そして、地上への出口が至る所にあった。


「生き残りはいないな」

「恐らく、火球から必死に逃げ出したんでありますよ」

 扉が溶ける前に逃げ出したのだろう。


「やはり地下に火球を撃ち込むのは効果的だな」

「ただの火球ならこれほどではないでありますよ。ロックさんの火球は、並みの火球ではないでありますからなー」


 洞窟の最奥には焼け焦げたアイテムが沢山あった。


「これは何でありますかね?」

「昏き神の結界の発生装置に似ている気もしなくはないな」

「確かに……」「がうー」


 シアと一緒に退治したヴァンパイアハイロードが使ってきた魔道具に似ている。

 ほかにも半分溶けた邪神の像らしきものも見つかった。


「火球を放りこまれることを想定していなかったようだな」

 呪具などを破壊されそうだったから、飛び出してきたのだろう。


「火球は想定していたと思うでありますが……」

 シアは溶け落ちた扉を指さす。

「恐らくロックさんの火球の威力を想定していなかったでありますよ」


 一応、耐火のために金属の扉を用意していたようだ。だが溶けた。

 それは昏き者どもにとって、想定外だったのかも知れない。


 邪神の像らしきものや魔道具の残骸などを回収して、俺たちは地下から出た。

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