第181話

 侍従長モーリスが周囲の精巧な地図を持ってきてくれた。

 水竜が作った地図だろう。


 セルリスが丁寧に礼をする。

「ありがとうございます。説明しやすくなりました」

「いえ、他にも入用なものがあれば、何でもおっしゃってください」


 それから、シアとセルリスが、現状でわかっていることを丁寧に説明してくれる。

 水竜の集落を襲うヴァンパイアは西の方角から来て帰っていく。


「それをもとに調査した結果、アジトの範囲はこの辺りだと考えられるであります」

「これは私たちだけで見つけたわけではないの。狼獣人の戦士の方々の尽力のおかげ」

「セルリスも活躍していたでありますよ」

「そうです!」

 シアとニアにそう言われて、セルリスは少し照れていた。


 狼の獣人族は徒歩十五分四方の範囲まで敵の本拠地を絞りこんでいるようだ。


「陛下には正規のルートで報告が上がると思われるであります」

「そうだな。だが、恐らくその報告が俺のところに上がってくるまでには、少しかかっただろう」

「はい。なので私たちが伝令役を任されたであります」


 エリックも狼の獣人族から情報はもらっている。

 だが多少タイムラグが出るのは仕方のないことだ。

 それを補うためのシアたちなのだろう。


 地図を見ながらエリックが言う。


「この程度まで絞れたのなら……。総力を挙げて攻め込んだ方がいいかもしれないな」

「待って欲しいであります。この情報自体を陽動として利用される可能性があるでありますよ」

 シアが少し困ったような顔になっている。


「狼の獣人族が、よりによってヴァンパイアに騙されるということは、あまり考えにくいと思うのである」

 狼の獣人族には、ヴァンパイアの魅了も幻術も通用しない。

 だからケーテはそう思ったのだろう。


「ケーテさん。ありがとうであります。ですが、そうではありません」

「ふむ?」

「本拠地は、恐らくそのあたりにあると思うでありますよ」

「なるほど。俺たちが水竜の集落から離れたところを狙う可能性があるということだな」

「ロックさんの言うとおりであります」


 本拠地の場所がばれてしまった。

 移動するのが難しい。もしくは移動には多少時間がかかる。

 敵の立場ならば、開き直ったほうが戦術的には正しいのかもしれない。


 俺たちが昏き者どもの本拠地を攻めるとなれば、当然守りは手薄になる。

 その隙をつけば、大きな被害を与えることが出来るだろう。


「水竜の集落の防衛をおろそかには出来ないな」


 水竜を生贄にささげて、呪いを溜めることが出来れば、昏き者どもは目的を果たせる。

 邪神さえ呼び出せれば、本拠地などいくら壊滅しても構わない。


「……そうですね」

 ドルゴが少しの時間、考えた。

 

「転移魔法陣を持ち運びましょうか」

「そんなことが可能なのでありますか?」

「はい。持ち運べるものに、転移魔法陣を刻めば可能です」


 ドルゴの言葉を聞いて、セルリスが言う。


「そういえばお皿に描かれた転移魔法陣を使って王宮の奥深くに侵入されたこともあったわね」


 ゲルベルガさまの保護を求めて、王宮に行ったときの話だ。

 メイドの持ってきたお皿に転移魔法陣が描かれていて、王女たちが襲われかけた。


「皿は割れることもあるので、違うものの方がよいでしょう」

「盾あたりがよいだろうか。だが、俺もゴランも普段は盾を使わないのが問題だ」

「そうだな。どちらかというと、エリックが適役じゃねーかな? 俺は大剣だからな」

「ふむ。そうかもしれないな」


 最も重要な点は、転移魔法陣を敵に利用されないことだ。

 盾を敵に奪われないためには強いものに持たせなければならない。

 となると、エリックとゴランの二択になる。


「盾はエリックに持ってもらうとして、防衛班と本拠地襲撃班はどう分ける?」

「そうだな……。ロックは襲撃班だろう?」

「そのつもりだ」


 チーム分けも重要だ。

 襲撃があったとき、味方が戻るまで持ちこたえられる戦力は必要だ。

 それは水竜を中心に編成すればいいかもしれない。


 問題は襲撃班だ。

 主力が転移魔法陣を使って戻れば、その場に転移魔法陣の描かれた盾が残される。

 その盾は絶対に死守しなければならない。

 主力が去った後も、盾を守りつづける戦力は必要だ。


「俺とゴラン、エリック、それに……ドルゴさんは来て欲しいかな?」

「がう」

「ガルヴは……」

 少し悩む。ガルヴは結構強いのだ。


「がうがう!」

「まあ、一緒に行くか」

「がう!」

 ガルヴは勢いよく尻尾を振った。


「あたしも行かせてもらうでありますよ。狼の獣人族とのつなぎ役でもありますし」

「私も……」

「ニアはさすがにお留守番であります」

「はい」


 ニアはしょんぼりしていた。

 だが、まだ子供なので仕方がない。


「ニアは優秀で才能ある冒険者だが、まだ新米だからな。今回はお留守番していなさい」

「はい。水竜の宮殿でお手伝いさせていただきます」


 俺はニアには、王都の屋敷でお留守番してもらうつもりだった。

 だが、水竜の宮殿でも大丈夫かもしれない。


 その時、セルリスが強い口調で言った。


「あの、私も同行させてください!」

「……」


 俺はなにも言わずにゴランを見た。

 ゴランに判断を任せるべきだと思ったのだ。

 ゴランは腕を組み、険しい顔をして目をつぶっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る