第146話

 ドルゴは娘ケーテを叱った。だが、それは文句を言うといった感じだ。

 公務をさぼっていたことを怒っていたときとは雰囲気が違う。

 小言というより、愚痴に近い。


「父ちゃん、すまなかったぞ! ついうっかりである! ガハハ」

 ケーテも怒られているという感じではない。


「本当に、ラックさんの家に泊めてもらっているなど……。一番大事なことだぞ!」

「すまなかったぞ! 以後気を付けるのである」

「しっかりしてくれ」


 ドルゴはひとしきり文句を言った後、改めて俺の方を見る。


「早速で申し訳ないのですが……」


 そんなことを言いながら、鞄をごそごそし始める。

 そして、大きな金属の板を取り出した。ドルゴの鞄は、魔法の鞄だったようだ。


「大きいですね」

「はい、申し訳ないのですが、これにサインをしていただけませんか?」

「構いませんよ」


 一辺が成人男性の身長ぐらいある正方形の板だ。

 厚みは、俺が拳を握ったときの小指から人差し指の幅ぐらいだ。

 ケーテにサインを求められたときの板よりも大きい。


「父ちゃん、うらやましいのである! 我がもらったサインより大きいのであるぞ」

「娘よ。常に備えておかなければ、チャンスを逃すことになる」

「ふむー。気を付けるのである」


 俺がサインをしようとすると、フィリーが声を上げた。


「こ、これは……オリハルコン?」

「え? オリハルコンなんですか?」

「はい。そうですが、何か問題が?」

「高価すぎて……手が震えます」


 これだけの量のオルハルコンを買おうと思えばいくらするだろうか。

 考えるのも恐ろしい。

 屋敷が一軒買えるオリハルコン製の剣を数百本作れそうな量である。


「ガッハッハ。ロックは冗談が上手であるなー」

「ははは、ご冗談を」


 風竜王親子は機嫌よく笑っている。

 竜たちにとって、オリハルコンは大したものではないのかもしれない。


 俺はサインをしようとペンをとる。

 果たして、金属の板にサインをするのにはどのインクがふさわしいだろうか。

 俺にはよくわからないので、普段のインクを用意した。


 ドルゴが首をかしげる。


「ラックどの? ペンでサインされるのですか?」

「まずかったでしょうか?」

「オリハルコンなので、インクを弾くかと」

「……なるほど」

「お手数をおかけするのですが……、オリハルコンなので、魔法でサインを刻んでいただければ……」

「なるほど」


 オリハルコンにサインするときは、そうするものらしい。

 俺はオリハルコンの板に自分の名前を刻んでいく。

 板が大きいので、名前を大きく刻まなければならない。

 その上、オリハルコンは硬いので少し大変だった。


「ふう。これでどうでしょうか」

「ありがとうございます! 家宝になります」

「そんな大げさな」

「いえいえ、全く大げさではありませんよ」


 ドルゴは真顔だった。

 ドルゴが魔法の鞄に板をしまい始めると、フィリーが寄ってきた。


「ドルゴ陛下、お聞きしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」

「なんですか? フィリーさん」


 天才錬金術士のフィリーも、ドルゴには丁寧だ。

 前風竜王陛下ということで、敬意を払っているのだろう。


 ドルゴもフィリーに優しく笑顔で対応している。


「聞きたいことというのは、ごみ箱についてでございます」

「ごみ箱? とおっしゃいますと?」


 フィリーは説明する。

 ケーテの宮殿にあったごみ箱のことだ。

 魔装機械製造装置として、昏き者どもに使われていた。


「どのように扱うのか教えていただきたいのです」

「娘は教えてくれなかったのですか?」

「ふいーふいー」


 ケーテは目をそらして鳴らない口笛を吹いていた。

 それをみてドルゴは理解したのだろう。


「……なるほど。娘もわかっていなかったようですね。現物はありますか?」

「はい。私の研究室に置いてあります」

「では、そちらに……。現物を見ながら説明したほうがいいでしょう」


 俺たちはフィリーの研究室へと向かう。

 みんな興味があったのだろう。全員がついてきた。


「ここから不要なものを入れると、物質変換装置が働きます」

「ほうほう?」

「そして……」


 ドルゴは丁寧に使い方を説明してくれた。

 結論から言うと、魔装機械を作るには愚者の石か賢者の石が必要らしい。


「そうなると、魔装機械はそうそう作れるものではありませんね」

「まったくもってその通りです」

 俺の言葉にドルゴはうなずいた。


「昏き者どもは、愚者の石の量産体制にはいったということでしょうか?」

「可能性はありますね」


 昏き者どもは少し前まで、フィリーを軟禁して愚者の石を作らせていた。

 フィリーを救い出した今、そう簡単に量産できないはずだ。

 だから、竜の遺跡を漁っていたのだと考えられていた。


「王都周辺の昏き者とは別の集団があるのかもしれませんね」

「厄介な話です」


 ドルゴは真剣な顔でうなずいた。そして続ける。


「そのことを踏まえて、一つご相談があるのです」

「なんでしょうか?」

「エリック陛下にも、ぜひ聞いていただきたいのです」

「お聞きしましょう」


 後ろで大人しく聞いていた、エリックもうなずいた。

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