4章

第140話

 ケーテの宮殿を昏き者どもから取り戻した後、ケーテは俺たちを送って王都に来た。

 そのころにはすでに夜明けごろ。俺たちは、一晩中眠らなかったのだ。

 とりあえず、ケーテは俺の屋敷で仮眠してから帰ることになった。


 エリックは王宮に、ゴランは自分の屋敷に戻っていった。

 軽く寝て、すぐ仕事をするのだろう。頭が下がる。

 俺はガルヴと一緒に、昼まで寝ることにした。


 俺が目を覚ますと、夕方になっていた。予定より長く眠ってしまった。

 戦闘と移動で疲れていたのかもしれない。


 俺とガルヴが居間に行くと、みんながいた。

 俺より先に起きていた、ケーテが言う。


「人族の家にお泊りしたのは初めてなのである」

「それはよかったぞ。折角だし夜ご飯も食べて行くといい」

「よいのか?」

「もちろんだ」


 ケーテは嬉しそうだ。太い尻尾が上下に揺れる。


「ケーテさんは苦手な食べ物とかあるのかい?」

「苦手な食べ物……」


 俺の徒弟ミルカの問いに、ケーテは真剣な表情で考え込んだ。

 ミルカは料理担当の徒弟なのだ。


 俺の同居人にして、天才錬金術士のフィリーが真面目な顔で言う。


「フィリーの読んだ文献には……。竜族は肉が好きと書いてあったのだ」

「なるほどー。フィリー先生、勉強になるんだぜ!」


 ミルカはフィリーのことを先生と呼ぶのが嬉しいようだ。

 フィリーは錬金術だけでなく、あらゆる学問に精通している天才だ。

 それゆえ、俺の徒弟たち、ミルカ、ルッチラ、ニアの家庭教師をお願いしてある。


「ああ、肉はうまいものが多いのである」


 ケーテは初めて王都に来たとき、肉料理の屋台で無銭飲食していた。

 肉料理は好きなのだろう。


「我は肉食であるのは間違いないのだ。普段はそこらの魔獣を捕まえて食べているのだぞ」

 そんなことを言いながら、ケーテは狼のガルヴのお腹を撫でていた。


「くーん、きゅーん」

「ガルヴのことは食べないから安心するがよいぞ」


 ガルヴはお腹を見せてケーテに媚びている。

 馬ぐらい大きいが、ガルヴはまだ子狼なのだ。

 そして普通の魔獣よりはるかに格の高い霊獣である。


「ケーテさんは、肉以外には何が好きなんだい?」

「甘いお菓子も大好きであるぞ!」

「ケーテはたくさん食べるからな。相当多めに頼む」

「わかったんだぜ」


 台所に向かうミルカをニアとルッチラが追う。


「私もお手伝います!」

「ぼくも手伝うよ」

「ありがたいんだぜ!」


 ルッチラが台所に行ったことで、ゲルベルガさまが残った。


「ココッ」

 一声鳴くと、トトトと走ってきて、俺のひざにぴょんと跳ぶ。


 ゲルベルガさまは、白い羽と赤いとさかを持つ普通のニワトリの外見をしている。

 だが、その正体は神鶏さまだ。

 霊獣などより格が高い。半神のようなものだ。

 ルッチラの一族の氏神様のような存在であり、鳴き声には特別な力がある。


「ゲルベルガさま、どうしたんだ?」

「ここ」


 ゲルベルガさまは甘えるように、俺に体を押し付ける。

 そんなゲルベルガさまを優しく撫でた。


「わふ」

「タマも撫でて欲しいのか?」

「わふぅ」


 フィリーの足元で寝ていたフィリーの愛犬、タマも俺のところに寄ってきた。

 俺はゲルベルガさまを左手で抱えながら、タマも撫でる。

 タマは大型犬だが、ガルヴに比べたらだいぶ小さい。

 そして、ガリガリに痩せている。


「タマも、少し太って来たか?」

「わふ」

「解放されたばかりに比べたら少し太ったのだが……まだまだやせているのだ」


 フィリーもタマを心配しているようだ。

 タマは忠犬だ。

 餌をもらえず、家族にも会えない中、一頭で屋敷にとどまった。

 それも昏き者どもが占拠している屋敷にだ。

 フィリーのことが心配で、ずっと雨ざらしの庭で助けを待っていたのだ。

 尊敬すべき犬と言えるだろう。


 俺がタマを撫でていると、ケーテが近づいてきた。

 ケーテは馬のように大きなガルヴを両手で抱いていた。

 相当な腕力だ。


「……きゅーん」


 ガルヴが助けを求めるような目でこっちを見ていた。

 そんなことは気にせず、ケーテは言う。


「ガルヴにタマと、ロックの家には犬がいっぱいおるのであるな」

「……犬科なのは間違いないな」

「ガルヴは狼でありますよー」

「へー?」


 ニアの姉にして狼の獣人族のシアの言葉にケーテは首を傾げた。

 ケーテにとっては、狼も犬も大した違いはないのだろう。


「ガルヴは霊獣の狼だから、我らの遠い遠い親戚のようなものであります」


 シアは十五歳の若さでBランク冒険者になった優秀なヴァンパイアハンターだ。


「ガルヴは大きいから、あまり抱えないほうがいいかも知れないでありますよ」

「そうなのであるな」


 ケーテはガルヴを降ろすと、タマを撫でる。


「成犬のガルヴも可愛いが、子犬のタマも可愛いのである」

「タマは子供ではないぞ?」


 俺がそういうと、ケーテは驚いたようだ。

 大きさの比率から言えば、ケーテの言うとおりだ。


「そうなのであるか?」

「うむ。ガルヴが子狼で、タマが成犬だ」

「不思議であるなー」


 そんなことを言いながら撫でている。


「その鳥もかわいいのである」

「ゲルベルガさまは、神鶏さまだぞ」

 ケーテにもゲルベルガさまの偉大さを教えておいた。


「ゲルベルガさまは、偉大なのであるな!」

「ここぅっ」


 ゲルベルガさまは、俺の肩の上に乗り羽をバタバタさせた。

 これはゲルベルガさまなりの照れ隠しである。


「ゲルベルガさまは、元気ね」

 ゴランの娘Fランク冒険者のセルリスが、ゲルベルガさまを抱きかかえる。

 セルリスは戦闘力はBランク相当だが、冒険者になりたてなのだ。


「こぅ」

 セルリスに抱きかかえられると、ゲルベルガさまは大人しくなった。


「夜ご飯の準備ができたぞー」

 そのとき、居間にミルカの声が届いた。

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