第134話

 俺はとっさに魔法障壁をはって、エリックとゴランを守った。


 ――ビシビシビシ


 嫌な音をさせて、魔法障壁がきしむ。

 それほど強烈な暴風ブレスだ。

 ヴァンパイアたちも吹き飛ばされている。

 ケーテに魅了をかけたことによって、自分たちが全滅しては世話はない。


 そんなことを考えたとき。

「んぎゃあああああああ」

 後ろからケーテの巨体が飛んできた。

 そのまま勢いよく壁にぶつかった。


 ケーテぐらい巨体でも、暴風ブレスを食らえば吹き飛ぶらしい。

 というか、ケーテが飛ばされたということは、誰が暴風ブレスを放ったのだろうか。


「ヴァンパイアに対する警戒を頼む!」

「言うまでもない!」

「任せておけ!」


 エリックとゴランに声をかけると、俺は後ろを振り返る。

 そこにはケーテよりも大きな竜がいた。昏竜イビルドラゴンだろう

 色は灰色で、翼は三枚ある。目も三つだ。


 暴風ブレスは中々終わらない。

 俺たちを全滅させるまで、止めるつもりはないのかもしれない。

 俺の魔法障壁の持続力と、昏竜の息の長さの勝負になる。


 負ける気はしない。


「んぎゃあああああ」


 だが、壁のあたりでケーテが叫んでいる。

 見た感じ、大丈夫そうに見える。だが、痛いのは痛いのだろう。

 放置したら可哀そうだ。


 俺は自分とエリックとゴランの魔法障壁はそのままに、昏竜との距離をつめる。

 暴風に逆らって、進むのはかなり大変だ。

 自分の前に張った魔法障壁を暴風に逆らって移動させ、その後ろを走っていく。


 距離をつめきると同時に高く跳びはねた。昏竜の目と、目があった。

 暴風ブレスの発生源である顔の高さにまで跳びはねたことで、ブレスの威力は激しくなる。


 ――ビビシビシビシビ

 魔法障壁がきしむ。音もいつもの音ではない。

 俺でも聞いたことのないようなきしむ音だ。


 ――ピシッ


 俺を守る魔法障壁の端が欠ける。ちょっと焦った。

 だがエリックとゴランを守っている障壁は無事なので大丈夫だろう。


 俺は昏竜の首を目掛けて、魔神王の剣をふるう。

 昏竜が首をひねった。逃げる首を俺の剣が追いかける。


「GYAAAAAA!」

「ちっ、浅いか」


 斬れたのは昏竜の首の皮と少しの肉だ。骨を断つには至らない。

 だが、ブレスは止まった。


 その瞬間。

「らぁっ!」

「GYAA……」

 ゴランの剣が昏竜の左足を、太ももの半ばで斬り落とした。

 昏竜の体勢が崩れる。


「はあぁぁぁああ」

 その一瞬で、エリックの剣が昏竜の右腕を斬り落とす。

 返す剣で首を根元からはね飛ばした。


 どぉっという大きな音を立てて、昏竜は床へと倒れこむ。


「ヴァンパイアは?」

「暴風ブレスで、既に息絶えておる」


 強烈なブレスだった。

 たとえヴァンパイアハイロードでも耐え切れまい。


「そうか。ここにいたヴァンパイアハイロードが昏竜を使役していたわけではないようだな」

「ヴァンパイアどもと昏竜の関係も調べねーとだめだろうな!」


 ゴランはそう言いながら、勢いをつけて上から下に剣を振る。

 剣から昏竜の血が振りきられる。床に血がパッと飛んだ。


 一方、エリックは懐から紙を出して聖剣についた血をぬぐう。

 そして、拭うことで切れた紙を床に落とした。


「二人とも、相変わらず見事な剣技の冴えだな」


 俺は昏竜の首を斬り損ねた。

 だが、エリックもゴランも狙った部位を確実に斬り落としている。


 俺が褒めると、エリックは照れたように微笑んだ。

「ブレス以外は脅威ではない。ブレスの中、突っ込んだラックの方が凄いと言えるであろう」


 ゴランも笑う。

「ラックがブレスを止めてくれたおかげで、斬れただけだ」

「俺一人なら、昏竜に体勢を立て直されるところだったからな。助かった」


 和やかに三人で話していると、どたどたとケーテがやってくる。

「ロック! 酷いではないか!」

「なにがだ?」

「エリックとゴランは魔法障壁でかばったのに、なぜ我はかばわないのだ!」

「それは……」


 暴風ブレスを吐いているのが、ケーテだと思ったからだ。

 それにケーテは体が大きい。

 不可能ではないが、魔法障壁を張るのは大変だ。


「えこひいきではないのか?」

「そんなことはない」

「痛かったのだぞ! ずるいのではないか!」

「……すまん」

「今後は気を付けてほしいものだ!」


 ふんふんとケーテは鼻息を荒くする。

 そして、エリックの足元に散らばる紙に目をやった。


「あっ、エリック!」

「ど、どうした?」

「我の家はごみ箱ではないのだ!」

「す、すまぬ」


 エリックはさっき捨てた紙を拾う。


「ゴランもである!」

「いや、確かに、俺が剣をふるったことで、床は汚れたと思うぞ? だが、あれを見ろ」

 昏竜の傷口からどくどくと血が流れだしている。


「……掃除が大変である」

 うんざりしているケーテに俺は言う。


「そもそも、ケーテ、気づかなかったのか?」

「なにがである?」

「昏竜の襲撃に」


 ケーテが気付いていれば、後方から突然暴風ブレスで襲われることはなかった。

 ゴランもうんうんとうなずく。


「そうだな。ケーテには、しんがりを頼んでいたはずだったよな」

「まあ、待つのだ、ゴラン。ケーテにも事情があったに違いない。そうであろう?」


 エリックが優しくケーテに微笑む。


「…………すまぬ。ヴァンパイアとロックたちとの戦いを見ていたら……」

「あー、見入ってしまったのか」

「すまぬのだ」


 ケーテは本当に戦闘慣れしていないようだった。

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