第98話

 ガルヴはシアの妹ニアに近づき、匂いを嗅ぎはじめる。

「ふんふんふんふんすん」


 先程は通りすがりの幼女だったので、あまり匂いは嗅がなかったのだろう。

 ガルヴは思ったより、礼儀正しい狼なのかもしれない。


 だが、シアの妹となると、身内となる可能性がある。

 そうなれば、ガルヴ的には匂いを一生懸命嗅いでおかなければならない対象だ。


「お尻の臭いかがないでよー」

「すんふんふんふん」

「ガルヴ、ほどほどにしなさい」


 そう言って、とりあえずガルヴを抑えた。

 そして、ニアに向けて言う。


「シアさんに用事かな?」

「はい!」

「じゃあ、屋敷の中で待っていなさい」

「ありがとうございます!」


 俺はガルヴ、ニアとともに屋敷に入った。


「ロックさん、おかえりー」

「こここ」

「ただいま」


 ミルカとゲルベルガさまが走ってきた。

 ゲルベルガさまは、歩調を緩めずそのまま俺の胸元に跳んでくる。


「ゲルベルガさま、お出迎えありがとう」

「ここぅ」


 ゲルベルガさまは、ひしっとくっつき、首を俺の肩の方へと伸ばす。

 俺はゲルベルガさまを優しく撫でる。


 ミルカがニアを見て首を傾げた。


「その子はどこの子なんだい?」

「シアの妹のニアちゃんだぞ。シアに会いに来たらしい」

「へー! シアさんの!」

「ニアです。よろしくお願いいたします」


 ニアは頭を下げていた。

 そういえば、ルッチラの姿が見えない。


「ルッチラは?」

「お風呂に入っているんだぞ」

「昼からお風呂か、珍しいな」


 ミルカが小さな声でこっそり言う。


「ここだけの話、ルッチラさん、お風呂嫌いなんだぞ」

「そうなのか?」

「うん。故郷の村を出てから、いままで一回もお風呂入ってなかったらしいんだぞ」

「そうだったのか。知らなかった」


 ゲルベルガさまを洗っていたのは見たことがある。

 だが、本人がお風呂に入っているのは見たことがなかった。


「だから、さすがに入った方がいいって言ったんだ」

「清潔保持は大切だからな」

「うんうん。まあ、下水道で暮らしていたおれが言うことじゃないけどね!」


 そういって、ミルカは笑った。


 それから、ニアを応接室に案内して、お茶とお菓子でもてなすことにする。

 ガルヴは俺の横の床に横たわる。ゲルベルガさまは俺のひざの上に乗った。


 ニアは姉の様子を聞きたがったので教えてやった。

 俺もニアに尋ねる。


「お父上は元気かな?」

「はい。命に別状はないです」


 少し引っかかる言い方だ。

 シアとニアの父は狼獣人の一つの部族の族長だ。

 ヴァンパイアロードとその配下との戦いで、配下を皆殺しにした優秀な戦士だ。

 だが、その際自身も重傷を負いロードをとり逃した。

 そして、父がとりのがしたロードを追っていたシアと俺が出会ったのだ。


 シアたちの父は、ハイロード戦では、怪我をおして部族の先陣を切って戦いもした。

 その功績で、シアと一緒に騎士爵の爵位を賜っている。


「以前お会いしたときは、怪我は全く大丈夫とおっしゃっていたが……。よろしくないのか?」

「いえ、文字通り命に別状はありません。ですが、無理がたたって、しばらく戦闘は控えるようにとお医者様から」

「なるほど。無理はよくないからな」

「いまはリハビリ中です。早ければ、一年ぐらいでこれまで同様戦えるようになるんじゃないかとお医者様はおっしゃってくださっています」

「一年か。怪我をおして、あの戦いに参加したにしては早いのかもしれないな」

「はい。私もそう思います。死んでもおかしくなかったですから」


 そんなことを話していると、ゲルベルガがすくっと立ち上がった。


「ゲルベルガさま。どうしたんだ?」

「コココ!」


 ゲルベルガは少し大きめに鳴いた。

 すると、ルッチラが応接室に顔を出す。


「ゲルベルガさま、こちらにいらっしゃいましたか」

「ここ」


 満足げに小さく鳴くと、またゲルベルガさまは俺のひざの上に座った。

 そんなゲルベルガさまをルッチラは撫でる。


「風呂か。随分とさっぱりしたな」

「はい。ありがとうございます」


 ルッチラの角も、いつもよりきれいにてかてかしていた。


「毎日とはいわないが、風呂には適度に入った方がいいぞ」

「……了解しました」


 ルッチラは少し困ったような顔をしている。

 そんなに風呂が嫌なのだろうか。

 ミルカが笑いながら言う。


「ルッチラさん。お風呂嫌いすぎだろー。どうして嫌いなんだい? おれは気持ちいいと思うぞ」

「嫌いってわけでは……」

「汚いんだぞ!」


 ミルカに指摘されて、ルッチラは少し慌てた様子だった。

 話題を変えようというのか、ニアに目をやる。


「ロックさん。そちらの方は?」

「シアの妹、ニアだ」

「ニアです! 姉がいつもお世話になっております!」

「ルッチラです。こちらこそ、いつもお世話になっております」


 その後も、楽しく会話した。

 時間が経ち、夕方になると、ミルカが料理を作りに行った。

 さらにしばらくたって、ガルヴがすくっと立ち上がった。


「がう」

「ガルヴどうした?」

 ガルヴの尻尾は揺れている。


「あっ」

 ニアも立ち上がる。ニアの尻尾も揺れていた。

 その直後、玄関の方から声がした。


「ただいま帰ったでありますよー」

 シアが帰宅したようだった。

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