第86話

 ヴァンパイアロードを倒した後、俺は息をひそめる。

 ヴァンパイアロードの呼び声で配下がやってこないか確認するためだ。


(ふむ。配下どもが駆けつける気配はないな……)


 俺が倒したロードによって魅了をかけられたものは、気絶しているころだ。

 そして眷属は灰に変わっているだろう。


 だが、俺が倒したロードとは別のヴァンパイアやその配下がいる可能性はある。

 その場合、気絶したり灰になる者たちを見て、ロードの異変に気が付くはずだ。

 そうなれば、急いでこの部屋に駆けつけるに違いない。


(ということは、この屋敷には、このロード以外の配下はいないのかも知れない)


 俺は灰を見ながらそんなことを思う。

 念のために、部屋の扉に施錠ロックの魔法をかける。

 これで、もう入ってこれないし、部屋から出ることも出来まい。


 その後、改めて灰を調べた。何時ものように、ロードの魔石とメダルを見つけた。

 愚者の石によって作られた、呪いを溜めこむメダルである。


(呪いの溜まり具合は……。けっこう溜まっているな)


 多すぎもせず、少なすぎもせずといった感じである。

 とりあえず、魔石とメダルを魔法の鞄に放り込んでおく。


(このヴァンパイアロードが黒幕なら、楽でいいのだが……)


 そんなことを考えながら、部屋を調べる。

 見たかぎり、特に目につくものはない。

 念のために魔力探知マジック・サーチの魔法を使う。部屋の壁に反応があった。

 調べてみると、魔法で隠された扉を見つけた。

 魔法で厳重に鍵をかけ、さらにその上から魔法で隠ぺいされていた。

 部屋の入り口の扉よりふたまわり小さい。通るには少しかがむ必要があるだろう。


(解錠難度は、フィリーの部屋の鍵と同レベルだな)


 つまり、術者はかなりの凄腕ということだ。討伐したロードがかけたのだろうか。

 どちらにしろ、中に何かがあるのは確実だろう。


 俺は慎重に鍵を解除し、扉を開けた。中は小さい部屋だった。

 部屋の中央に姿見の鏡が安置されている。


(ヴァンパイアは鏡を嫌うのではなかったか? あとでシアに聞いてみるか)


 そう考えて、俺は鏡を念入りに調べる。

 鏡の表面は特に何もない。普通の鏡だ。だが、鏡全体からは魔力を感じる。

 俺は裏面を見てみた。


(こちらが本命か)


 鏡の裏側には転移魔法陣が刻まれていた。どこに繋がっているのだろうか。

 もし、倒したロード以外に黒幕がいるのならば、この奥にいる可能性は高い。


 転移魔法陣を使うためには魔力を流して励起させる必要がある。

 俺が魔力を流し込もうとしたその時、魔法陣が輝きだす。


 俺は素早く幻術を発動する。俺の姿を先程倒したロードに誤認させるためだ。

 魔法陣から出てきたのは、また別のロードだった。


「む? なんだお前か」

 出てきたロードは俺の幻を見てそう言った。


「ああ、どうし――」

 どうした? 俺はそう言いかけたが最後まで言えなかった。

 ヴァンパイアロードは表情を変えず、剣をふるったのだ。

 先程まで俺の首があったところを、剣が切り裂く。

 その速さはゴランの剣にも匹敵するかもしれないほどだ。

 たかが、ヴァンパイアロードの動きではない。


「いきなり何をする!」

「貴様は何者だ。そのような幻が我に通じると思うたか?」


 幻術が見破られている。

 やはりロードは、魔力の値が高い。幻術は容易には通じない。

 いや、剣速から推測するに、ロードより高位の存在の可能性もある。


「ハイロードか?」

「それを聞いてどうする?」


 言い終わる前に、ヴァンパイアは剣をふるう。

 俺は魔神王の剣で受け止めた。

 ヴァンパイアの連撃は終わらない。狭い部屋で器用に大剣を振り回している。

 尋常ではない力量だ。


 ヴァンパイアの斬撃をすべて捌きながら問う。


「お前がここの頭領か?」

「ふん、すぐに死ぬお前に言ってどうなる」

 答える気はないらしい。


「ならば、死ね」

 俺はヴァンパイアの首をはねた。首はゴロゴロと転がっていく。

 その眼は驚愕に見開かれていた。


「なんだと……」

 首だけになった、ヴァンパイアが呻くように言う。


「こんなはずはない……神に力を与えられた我が……こんな人間ごときに」

 呆然自失といった感じで、ヴァンパイアはぼそぼそ呻くようにつぶやいている。


「神?」

「…………」


 俺が問いかけると、ヴァンパイアは黙り込んだ。

 やはり答える気はないらしい。

 神に力を与えられたとつぶやいたのは、呆然自失になっていたが故の失言だろう。


「まあいい。お前を殺してから、調べるとしよう」

「……傲慢な人間よ。後悔するがよい」

「そうか」


 俺はヴァンパイアの首を剣でつらぬく。

 体と首が灰に変わっていく。その灰を調べてもメダルは見つからなかった。

 魔石と神の加護をごまかすための魔道具しか見つからない。


「どういうことだ?」

 俺は思わず呟いていた。ロードやハイロードならば、メダルを埋め込んでいるはずだ。

 ロードになったばかりだったのだろうか。その割には強すぎる。

 ヴァンパイアは時を経るほど強くなるのが普通である。


「まさか、ロードですらなかったということは……」


 自分で言って、首を振る。さすがにアークヴァンパイアの強さではなかった。

 俺は魔石を調べる。確かにその輝きはアークヴァンパイアのものではない。

 だが、大きさはアークヴァンパイアのものだ。

 通常、種族によって魔石の大きさと輝きは大体一定だ。


(もしや、神に与えられた力……というやつか?)


 俺は嫌な予感がした。

 仮にアークヴァンパイアがそれほどの力を得るとするならば。

 ヴァンパイアロードならばどれほど強くなるのだろうか。


 だが、最初に倒したロードは普通のロードだった。

 つまり、神は無制限に力を与えることはできないのだろう。

 時間的な制約があるのだろうか。ならば急いだほうがいい。


 俺は転移魔法陣へと飛び込んだ。

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