第85話
謎の金属を作り出すために、フィリーは生かされていたのだろう。
フィリーに謎の金属を作らせるために侯爵家が狙われた可能性すらある。
「最近、この金属を何度か見た覚えがある」
「希少なこの金属を何度も見るとはな。幸運なのか不運なのか……」
「これは一体何なのだ?」
「愚者の石と言えばわかるか?」
「聞いたことはある。が、詳しくは知らない」
俺がそういうと、フィリーが説明してくれる。
賢者の石も愚者の石も、ともに錬金術の究極の到達点らしい。
賢者の石は卑金属を貴金属へと変える触媒だ。
一方、愚者の石は貴金属を卑金属に変える触媒なのだという。
「賢者の石や愚者の石の価値はそれにとどまらない」
「というと?」
「賢者の石は呪いを浄化し、神の加護の要となる。愚者の石は呪いを溜めこみ増幅する。我は愚者の石を用いれば、神の加護と真逆の結界を張ることも出来ると考えている」
「その考えは正しいぞ。実際に俺は見た」
「まさか。実用化に成功していたのか……」
フィリーはショックを受けていた。
「ならば、我は愚者の石を精製することで、人類を滅ぼすことに手を貸していたのかもしれぬ」
「父母を人質に取られていたのだろう? やむを得ないことだ」
それから、俺はフィリーに言う。
「マスタフォン侯爵夫妻はどこにいる?」
「わからぬ。この屋敷の中にはいると思うのだが……」
「ならば、少し助けに行って来よう」
「ありがたい」
「申し訳ないが、フィリーはタマと一緒にこの部屋にいてくれ。ほかの者が入れないようにしておくからな」
そう言って、俺は部屋に施された魔法鍵を解体して、作り替える。
俺とフィリーしか開けられないように変更した。
「これで、おそらく大丈夫だ」
俺がそういうと、フィリーは頭を下げた。
「ロックよ。苦労を掛ける。……重ねて願うのは厚かましいと思うのだが、後でよいので下水道をあさってもらえぬか?」
「愚者の石で作られた像を回収してほしいのか?」
「……なにゆえ、わかるのだ?」
「もう回収した。かけらを流した場所を逆算して、この屋敷が怪しいと考えた」
そういうと、フィリーは絶句した。
それから、しばらくして、つぶやくように言う。
「……ロック。お主、凄腕冒険者なだけでなく、頭が良いのだな」
「頭が良いのは俺じゃない。仲間に頭がいいのがいるんだ」
「良い仲間を持っているのだな」
「ところで、あの像はなんだ?」
「わからぬ。あの形状を指定して精製させられたのだ」
「そのかけらがなぜ下水道に?」
「もう、使い終わったらしくてな。それをメダルに精製しなおせと命じられたのだが……。時間稼ぎを兼ねて、外にこの状況を知らせるために下水に流した」
そして、フィリーは俺に向かって頭を下げた。
「まさか、本当に気付いてくれるとは思わなかった。ありがとう」
「いや、気にするな。知らせてくれて助かった」
そういいながら、俺は邪神が召喚済みである可能性を考えていた。
召喚に成功したからこそ、精製しなおそうとしたのではないだろうか。
邪神がいるのならば倒さねばなるまい。
俺は部屋を出る前にタマを撫でる。
「この部屋を教えてくれて、助かったぞ」
「ゎぅ」
「フィリーを頼むぞ」
タマは任せろと言わんばかりに胸を張った。
俺は部屋を出ると、魔法で気配を消した。慎重に歩いていく。
タマがいないので、使用人の活動周期がわからない。
だから、ゆっくりと進んでいく。一部屋ずつ聞き耳を立て確認していった。
使用人の流れを観察すると、ある部屋への出入りが多いことが分かった。
使用人の流れが途切れたのに合わせて、俺は部屋へと侵入する。
「……ネズミが入りこんだか?」
気配を完全に消していたのに、中にいた者がそんなことを言った。
その言葉と同時に、俺の目の前にヴァンパイアロードが現れた。
まるで、一瞬で出現したかのように思えるほど、速い移動だ。
移動と同時に斬撃に襲われた。咄嗟に防ぐ。
「俺の斬撃を防ぐ人間がいようとはな」
「ヴァンパイアがこの王都に入り込んでいようとはな」
おそらく神の加護を無効化する魔道具を使っているのだろう。
アークヴァンパイアが王都に入り込んだだけでも恐ろしいのに、ヴァンパイアロードだ。
王都は危機的状況にあるのかもしれない。恐ろしくなる。
だが、俺は内心の恐れを隠して、少しにやけながら言う。
「王都に入り込めるとは、よほど、非力なレッサーヴァンパイアと見える」
怒髪天を衝くとはこのことだろう。
俺の言葉でヴァンパイアロードは激昂した。怒りのあまり力任せに剣をふるう。
やはり、高位のヴァンパイアにとってレッサー呼ばわりは我慢できないことらしい。
ヴァンパイアロードの全力の攻撃。素早く強い。だが、御しやすい。
魅了で使用人たちを動かされた方が厄介だ。
「貴様! ちょこまかと動きおって!」
興奮したヴァンパイアロードなど俺の敵ではない。
数合、剣を交えた後、魔神王の剣でヴァンパイアロードの首をはねた。
首だけになったヴァンパイアロードがこちらを睨む。
「貴様、何者だ……」
「すぐに死ぬお前に言っても仕方がないことだ」
そう言いながら、俺はロードの体を調べる。すぐに怪しげな魔道具を見つけた。
「これのおかげで、王都に入り込めたのか?」
「ふん」
ヴァンパイアロードは答える気がないようだ。
もとより、情報が得られるとは期待はしていない。
俺は魔道具を魔法の鞄に放り込んだ。
「くせもn…――」
「黙れ」
首だけになって自力で何とかすることをあきらめたのだろう。
ヴァンパイアロードが仲間を呼ぼうとしたので額を魔神王の剣で貫いた。
たちまち、ヴァンパイアロードの頭と体は、灰へと変わった。
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