第81話

 マスタフォン侯爵家は使用人が三人消えている。

 行方不明者が一番多い家だ。

 セルリスが真剣な表情で言う。


「やっぱりマスタフォン侯爵家が一番怪しいということね?」

「カビーノのときみたいに乗り込むかい?」

「それはだめよ。街のチンピラならともかく、貴族の家に乗り込んだら、面倒だわ」


 ミルカをセルリスが窘める。

 侯爵は大貴族。慎重に動く必要がある。


「そうだな、俺が一人で侵入しよう」


 俺がそういうと、ルッチラもセルリスもシアもうなずいた。

 魔法を使って、侵入すれば何とでもなる。

 ルッチラからラーニングさせてもらった幻術も使える。

 この状況ならば、俺だけの方が便利だろう。


「ロックさんだけでかい? それは危ないよ!」


 ミルカが真剣な顔で止めてきた。

 ミルカは俺が魔法を使えることは知っている。

 だが、凄腕の魔導士だとは知らないのだ。

 俺のことは基本的に戦士だと思っている。


「ミルカ。実は俺はこういうのが得意なんだ」

「得意と言っても限度があるぞ。むしろおれが侵入するぞ!」

「いや、それはだめだ」

「なぜだい? おれならばれても迷い込んだ子供で済まされるぞ。そもそも警戒されにくいだろう?」


 ミルカの主張には一理あるから困る。

 それでも、俺の方がうまくやれる。


「俺は実はスカウトとしても凄腕なんだよ」

「そうなのかい? 魔法を使えるだけじゃないんだな。ロックさん、本当にすごいな」

「がう」


 こちらを見てくるミルカの目に尊敬の色が混じっている気がする。

 シアのところから、ガルヴがやってきた。

 俺のひざの上に顎を乗せる。自分も連れて行けと言っているかのようだ。


 俺はガルヴを撫でてやりながら言う。


「ガルヴはお留守番だぞ」

「……がう」

 少ししょんぼりしていた。


 その時、入り口の方から声が響く。

「誰かいらっしゃいませんかー」

 来客だ。


「わたしが出るわね」

 そういって、セルリスが駆けて行った。

 そして、すぐに戻ってくる。


「ロックさん。なんかご近所さんが怒ってるみたい」

「なんと」


 怒っているならば、屋敷の主人である俺が対応せねばなるまい。

 俺は玄関まで歩いて行った。ミルカがついてきてくれる。

 来客はきちんとした身なりの男だった。近所に住む貴族の使用人だろう。


「どうされましたか?」

「先程こちらのお屋敷から尋常ではないほどの悪臭が漂ってきたことに関してです」

「あっ」


 魔鼠の死骸を焼いた際の悪臭のことだろう。

 謝るしかない。俺は深々と頭を下げる。


「も、申し訳ありません」

「あれは一体何の臭いなのですか?」

「えっと、私は冒険者をやっているのですが、魔鼠を退治したので、その死骸の火葬処理をですね」

「死骸の火葬処理? それをこの住宅地でやられたのですか?」


 男の目が「こいつ、常識がないのか?」と言っている。

 そう思われても仕方がないことをやらかしてしまった。反省しなければならない。


「返す言葉もございません。以後気を付けますので」

「気を付けてくださるのならば、こちらとしても助かります」


 こちらを貴族だと推定しているようだ。使用人も低姿勢である。

 俺は帰る使用人を玄関の外まで見送った。


「わざわざ、ありがとうございます」

「いえ、ご迷惑をおかけしました」

「こちらこそ、口うるさいことを申しました。最近、わが主が、悪臭や騒音に悩まされているもので……」

「騒音に悪臭ですか?」

「はい」


 使用人は説明してくれた。

 使用人の奉公先は俺の屋敷の裏にある屋敷だという。

 さらにその向こう側にある屋敷からの悪臭や騒音被害に悩まされているらしい。

 苦情を入れてもやむことはなく、四六時中騒音が聞こえてきて、悪臭が漂ってくる。

 そんなときに、俺の屋敷からも悪臭が漂ってきた。挟み撃ちである。

 苦情を入れるのは当然のことと言えるだろう。


「悪臭に騒音ですか。大変ですね」

「はい。恐ろしげな声で何かを唱えているような声が聞こえてきたり、腐ったような臭いが漂ってきまして」


 使用人の主は本当に困っているようだった。

 使用人が帰った後、ミルカが言う。


「騒音と悪臭の元って、マスタフォン侯爵家の可能性もあるんじゃないかい?」

「方向的にはあってるように思えるな」

「悪臭と騒音って何かの儀式の可能性もあるのかも」

「そうだな」


 確かにその可能性は高い気がする。

 悪臭や騒音が今でも続いているならば、それは儀式の最中ということなのかもしれない。

 急いだほうがいいだろう。

 だが、俺が留守にする前に、玄関先のセキュリティを固めたほうがいい。


「ミルカ、全員を呼んできてくれ」

「了解だぜ」


 みなが来る前に、入り口に魔法で鍵をかける。

 そして、集まった全員を門扉の入り口と、玄関口を開けられるように登録した。

 ゲルベルガやガルヴも登録しておいた。


「パパ、私たちだけ開けられるって知ったら、悔しがりそう」

 そういって、セルリスは笑う。


「エリックやゴランは来たときに登録すればいいだろう」

「そうね」


 屋敷全体に結界は既に張ってある。入り口に鍵もかけられた。

 これで外からの襲撃にも少し強くなったと思う。


「シア、セルリス。少し行ってくる。申し訳ないが帰るまで待機していてくれ」

「わかったわ」

「任せるであります!」


 シアとセルリスが屋敷に居てくれれば、ゲルベルガさまを置いて行っても安心だ。


「ガルヴ、ルッチラもゲルベルガさまを頼むぞ」

「がう!」

「了解しました」

「ミルカは外出するなよ」

「わかったぜ! 適当に掃除しておくぞ」


 そして、俺はマスタフォン侯爵家に向かうことにした。

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