第58話

 カビーノの屋敷に乗り込むと、二十人の男が見えた。

 そして、組み伏せられて、泣いている一人の少女がいた。

 叫びながら逃げ出して玄関近くまで来て、捕まったのだろう。


「なっ、なんだてめえら!」


 チンピラがわめく。いや、ただのチンピラではないのかもしれない。

 既に少女の首筋にナイフを突きつけている。判断が早い。

 元冒険者、もしくは兵隊だった可能性が高い。


ミルカうちの子に酷いことをしようとしたから文句を言いに来た」

「はぁ? てめえ、なに言ってやがる」

 チンピラたちの中心にいる恰幅のいい男が不愉快そうに顔をゆがめた。


「カビーノさん、とりあえずぶっ殺しましょう」

 チンピラの一人が恰幅のいい男にそんなことを言っている。

 やはり、カビーノで間違いなさそうだ。


「助けてください!」

 少女は俺を見て助けを求める。


 この少女の事情は、まったく知らない。

 だが、どんな事情があったとしても、この場で助けないという選択肢はない。

 仮に少女が極悪人だったとしても、それは後で法が裁くべきことだ。


「うちの子だけでなく、他の子にも酷いことをしているのか?」

「てめえに関係ねーだろうが!」

「とりあえず、放してやれ」

「なにを勝手なこと言ってやがる! てめえ、生きて帰れると思うなよ!」


 取り付く島もない。

 とりあえず、お話しするにしても、叩きのめしてからの方がよさそうだ。

 だが、少女の首筋にナイフが突きつけられているので、動きにくい。


 セルリスも重心を低くし、隙をうかがっている。

 こういう時こそ、幻術だ。ラーニングさせてくれたルッチラさまさまである。


 俺はカビーノたちの後方から幻の火をだして煙を流した。火事であると誤認させるのだ。

 カビーノたちは熱すら感じているはずだ。


「なんだと!」

 ほぼ全員の視線が後方に向く。

 すぐにこちらに向き直り、カビーノが叫んだ。


「てめえらの仕業か!」

 その時には少女の首に突き付けられていたナイフを俺は蹴り飛ばしていた。

 ナイフは宙を舞い、カビーノたちの、さらに後方の床に突き刺さる。


「ぶべぇ」

 それと、ほぼ同時に、カビーノが変な声を上げた。

 セルリスが敵中を突破して、カビーノの顔面に拳を叩き込んだのだ。

 鼻から血をだらだら流して、カビーノはひざをつく。


 セルリスは判断も早いし、動きも速い。見事なものだ。


「絶対に、生きて帰すんじゃねえ!」

 火事のことなど忘れたかのように、カビーノが叫ぶ。

 顔面を殴られて激昂しているのかもしれない。判断力が鈍っている。


 だが、今回の火事は幻だ。

 幻に欺かれなかったという意味で怪我の功名ともいえるかもしれない。


 とはいえ、どちらにしろ、逃がすつもりもなければ、許すつもりもない。


 俺は、少女を抑えつけていた男たちを殴り飛ばす。

 そして少女を抱えると、セルリスに向けてふわりと投げた。


「おっと……」

 セルリスは危なげなく受け取った。


「セルリス。任せた」

「了解したわ」


 それからは俺は暴れまくる。手当たり次第に、殴り飛ばした。

 俺は、一撃で行動不能にさせることを意識して、殴っていく。


 みぞおちを殴る。チンピラは嘔吐物をまき散らしてうずくまった。

 また別のチンピラの顎を蹴りぬく。歯が数本飛び、ひざからぐしゃりと崩れ落ちた。

 瞬く間に五人ほどを行動不能に陥らせる。


「なんて強さだ、やってられるか!」

「てめえ、逃げるんじゃねぇ!」


 チンピラが逃げ出して、カビーノがわめく。

 だが、俺が逃がすわけがない。


 チンピラが扉を開けると同時に、大きな炎が噴き出した。もちろん、幻だ。

 幻術は魔力差によって、臨場感が違う。

 俺とチンピラたちの魔力差ならば、臭い、熱、燃える音まで現実のように感じるだろう。


「うわあああああ」

 扉付近にいた、チンピラたちがゴロゴロと転がる。

 実際に焼かれたと錯覚しているのだろう。

 顔や腕など、出ている部分が、真っ赤になっていく。

 幻を信じ込みすぎて、本当に軽く火傷しているのだ。


 幻の炎に焼かれなかった者たちも、幻を見て逃げることをあきらめたようだ。


「ちくしょう!」

 叫びながらとびかかってくる。やけくその攻撃だ。

 俺は問答無用で叩きのめしていった。


 セルリスにとびかかったチンピラもいたが、容赦なく殴り飛ばされている。

 やはりセルリスは素手でも強いらしい。

 さすがは戦闘力だけなら既にBランク相当と言われるだけのことはある。


 突入から五分も経たずに、全員を叩きのめした。

 それから、俺はカビーノとチンピラ全員を縛り上げる。魔法も使って素早く縛った。

 完了したことを確認して、セルリスが言う。


「呼んでくるわね」

「頼む」


 少女をそっと床に置いて、セルリスがカビーノ邸の外へと走っていった。

 少女が泣きそうな顔で言う。


「ありがとうございます」

 俺は少女が怪我をしていないか軽く調べる。

 大きなけがはない。擦り傷程度の様だ。応急処置は必要なさそうだ。


「安心しなさい。もう大丈夫だ」

「は、はい」


 すぐにルッチラとガルヴ、ミルカにゲルベルガがやってくる。


 ミルカは縛り上げられたチンピラたちを見て驚いたようだ。


「すげーな。これ全部ロックさんとセルリスねーさんがやったのかい?」

「そうよ!」


 セルリスは自慢げに胸を張っている。

 ねーさんと呼ばれるのが好きらしい。


「ルッチラ、ガルヴ。セルリスと一緒に屋敷の中に他にチンピラや被害者がいないか見てきてくれ」

「了解です!」

「がう!」

「任せておいて!」


 張り切って出かけた、二人と一頭は、五分後戻ってきた。

 被害者はいなかったが、隠れていたチンピラを五人ほど捕まえたようだった。

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