第54話

 しばらく歩いて石材店に到着した。

 建築業者向けのお店であって、個人相手に販売しているわけではなさそうだ。

 だが、セルリスは堂々と入って行く。


「ちょっとよろしいかしら?」

「はい、どうされましたか?」


 身なりのいいセルリスを見て、貴族か大商家の令嬢だと判断したのだろう。

 丁寧に応対されている。


 俺はガルヴに言い含める。

「ガルヴ。ここで待っていてくれ」

「がう」

「ミルカはガルヴを見ていてくれ」

「任せておくれ!」


 そして、俺はゲルベルガを抱いたまま、ルッチラと一緒に店の中に入った。

 セルリスは店員と交渉を始めていた。


「すこし、家の壁を補修したくて、石材を売って欲しいの」

「そうでしたか。どのくらいご入用でしょうか?」

「どのくらいなのかしら?」


 セルリスがこちらを見てくる。


「この大きさのを三十もあれば大丈夫かな」

「ということなのよ!」

「素材はどのようなものを御所望ですか?」

「そうだな……」


 俺は下水道の壁と同じ石材と、通路内側用の石材を選んだ。

 下水道側と通路内側で、二層構造にした方がいいだろう。


 特に何の問題もなく、注文することができた。

 代金も無事支払う。七十万ラックぐらいした。結構な値段だ。

 あとで、エリックに支払ってもらおう。


「どちらに届ければよろしいのでしょうか?」

「持って帰ります」

「この量ですよ?」

「魔法の鞄がありますから」


 そういって、石材をどんどん詰めていく。

 エリックのくれた魔法の鞄は最高級品だった。

 大きめの倉庫程度の内容量がある。その上、いくら入れても重さは変わらない。

 加えて状態不変の効果もかかっているのだ。

 買ったらめちゃくちゃ高いだろう。千万ラック、いやもっとするに違いない。

 あとで、エリックには改めてお礼を言っておこう。


 無事買い物を済ませて、石材店を後にする。

 店の外では、ミルカがガルヴの背に乗っていた。


「ガルヴ、ほらほらー」

「うーぅー」


 ガルヴはめちゃくちゃ唸っていた。

 格下だと思っているミルカに背の上に乗られたので怒っているのかもしれない。

 ミルカとガルヴの相性はよくないのかもしれない。

 あとで対策を考えなければならないだろう。


「ミルカ。背中に乗るのはやめてやれ」

「はーい」


 それから、鍛冶屋に向かう。

 エリックの部屋に繋がる扉を作るための金属を手に入れるためだ。


「おれは掃除用具を買ってくるよ!」

「おう、一人で大丈夫か?」

「余裕だよ!」

 ミルカには掃除用具を買えるぐらいのお金を渡しておく。


 一方、俺たちは鍛冶屋に到着する。

 適した金属の塊は見つからなかったが、代わりに大きな盾を見つけることができた。

 人が二人ぐらい余裕で入れそうな、四角い巨大な盾だ。要人警護のための大盾だろう。

 扉の代わりにするにはぴったりだ。


「お目が高いですね。その盾に目をつけるとは! 熟練の鍛冶師が鍛え上げたミスリル製ですからね!」

「素晴らしい」

「お値段も勉強させていただきますよ! なんと三百万ラックです」

「安い!」

「でしょう」


 だが、手持ちがないので、冒険者ギルドに走って、お金を引き出した。

 十年前の財産を使えるようにしてくれたので、冒険者カードで引き出せるのだ。


 買い物を無事済ませてから帰宅することにする。

 セルリスが心配そうにつぶやく。


「ミルカはちゃんと買えたかしらね」

「そりゃ買えるだろう。ずっと一人で王都で暮らしてきたんだからな」

「それもそうね」


 掃除用具を売っている店の方へとみんなで向かう。

 すると、裏路地の方から、なにやら争う声が聞こえてきた。

 表通りの方には、余程耳がよくないと聞こえない程度の声だ。

 俺はゲルベルガをルッチラに任せると、声のする方へと走った。


「離しやがれ!」

「うるせえ! やっと見つけたぞクソガキが!」

「勝手に逃げやがって、ゆるさねぇからな!」


 ミルカがガラの悪い大人たち三人に絡まれているのが遠くに見えた。


「じいちゃんの家を没収したくせに、まだ金をとろうってのかい!」

「はあ? あんなボロ屋でてめえのじじいの借金がちゃらになるわけねーだろうが!」

「そんなこと知らないよ! おれは払わなくていいって偉い人も言ってたし!」

「法律とか関係ねえんだよ!」

「じじいの借金は、孫のお前が払うのが人の道だろうが!」

「残念でしたー! おれは金なんて持ってないよ!」


 ミルカは強気に応対している。

 早く助けたほうがいいだろう。俺は急いだ。


「ガルヴ、手は出すなよ」

「がう」

 一応、横を走るガルヴに言っておく。


「てめーが買い物しているのを俺たちは見てるんだよ!」

「結構金もっているみたいじゃねーか」

「これはおれの金じゃないよ」

「それが俺たちに何の関係があるんだ?」


 俺は黙って、ミルカとチンピラの間に入った。


「なんだ、てめえ?」

「その子の保護者だ」

「保護者? じゃあ、お前が借金を肩代わりしてくれるってことか?」

「お前は馬鹿なのか?」


 俺は少し腹が立っていたので、あえて煽るような言葉遣いで返す。

 法すら守らず、借金を支払う義務のない子供にたかるチンピラどもは許せない。


「ミルカには借金を支払う義務はない」

「しらねーよ」

「そうか。こっちも馬鹿なお前が理解しようが知ったことではない」

「てめえ、俺たちを舐めてるのか?」

「こんな子供にたかったところで、大した金は回収できないだろ。頭大丈夫か?」

「このガキは磨けば光りそうだからよ。娼館に売り飛ばすんだよ!」


 ミルカが「ひっ」と怯えたような声を出した。


「奴隷売買は禁じられているはずだが?」

「他国になら売り飛ばせるだろうが。お前も奴隷になって鉱山で働くか? それが嫌なら、そのガキをこっちによこせ」

「渡すわけないだろ」

「強情な野郎だ。痛めつけてやれ」


 リーダー格っぽい奴がそういうと、チンピラ二人が襲い掛かってきた。

 とても遅い。あえて数発殴られておく。ダメージを食らっている演技までした。

 正当防衛を主張するためだ。裏路地の住人たちがこちらをうかがうように見ているのだ。

 ゲルベルガに被害が行かないようにだけ注意する。


「ロックさん、いいから早く逃げておくれ!」


 ミルカが泣きそうな顔で叫んでいた。

 なんかミルカには悪いことをした気がする。

 魔法を使っているところは見せたが、ミルカにはその高度さはわからなかったのだろう。

 だから、俺のことをそんなに強くない金持ちだと思っているに違いない。


「ガハハ! 調子乗っているから痛い目を見るんだ!」


 チンピラのリーダー格はご機嫌に笑う。

 もう充分だろう。一人目の顔面にこぶしを叩き込む。

 鼻血がものすごい勢いで流れる。どうやら鼻の骨が折れたようだ。

 二人目は顎を下から蹴り上げた。前歯が数本飛んだ。


 そして、驚いているリーダー格の男のみぞおちに拳を叩き込む。

「うげええ」

 リーダー格の男は口から汚い嘔吐物をまきちらして、うずくまった。

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