第29話

 シアが緊張するのもわからなくもない。

 ゴランはギルドグランドマスター。つまり冒険者ギルドで一番偉い人なのだ。


「じゃあ、俺はゴランに話を通してくるわ」

「お、お願いするであります」


 シアはちょこんと頭を下げた。

 俺は部屋をでて、玄関の方へと歩いた。

 俺に気づいたゴランは、笑顔になった。


「おお、ラ……ロック! 帰ってたのか」


 ゴランは、一瞬ラックと言いかけた。

 別に家の中だからラックと呼んでもいい気もするが、用心したほうがいいのも事実だ。


「ああ。今日は早くにクエストが終わってな。ゴランも早かったな」

「まあな。それより、職員から言付けを聞いたが、セルリスが世話になったらしいじゃねーか」

「いや、世話などではない。一緒に一つクエストをクリアしただけだ」

「ロックとセルリスぐらい実力差があれば、世話と言っても問題ねーだろ」


 セルリスがBランク相当の戦闘能力を持っているとはいっても、冒険者としては新人だ。

 それにBランク相当の戦闘能力も、Sランクと比べれば、だいぶ差がある。


「セルリスは優秀な戦士だったぞ。若いのに大したもんだ」

 冒険者としては未熟だが、戦士としては一流と言っていいと思う。


「そうか。娘をお前に褒めてもらえると、お世辞だとわかっていても嬉しいな!」

 そういって、ゴランはガハハと笑った。


 その時、背後からセルリスの声が聞こえた。


「あの、パパ」

「どうした? セルリス」

「ごめんなさい」

「む? んっと。何の話だ?」


 ゴランは困惑しながら俺の方を見る。

 親子の問題なので、俺は黙って微笑みながら、後退する。

 親子水入らずにした方がよかろうと思ったのだ。

 こっそり、食堂へと移動する。


 せっかく配慮したのに、二人の声が聞こえてくる。

 聞き耳もたてていないというのに、二人とも声がでかすぎるのだ。


「パパ、ごめんなさい」

「だ、だからどうした」


 ゴランが慌てている。

 豪胆で知られたゴランも、娘には弱いらしい。少しほほえましい。


「パパのこと無視しちゃってごめんなさい」

「ああ、なんだ。そんなことか」

「そんなことじゃないわ。私パパに酷いことを……」

「気にするな。だがどうして無視なんてしたんだ? 冒険者になることに反対したからか?」

「違くて……パパが」

「うむ?」

「パパがママの留守の間に隠し子を連れ込んだって誤解してたの……」


 セルリスはとても反省しているようだ。

 そんなセルリスに対して、ゴランは機嫌よく笑う。


「ガハハ。俺に隠し子なんているわけないじゃないか!」

「そうよね! 私ったらラックさんを弟だと誤解しちゃって」

「ぶふーー」


 さすがのゴランも噴き出した。

 セルリスは油断しているのか、ラックと呼んでいる。

 ルッチラがいるのに、わきが甘いと思う。

 ルッチラには近いうちに俺の正体を明かす予定ではある。

 だから、構わないといえば構わないのだが、気を付けたほうがいい。


「パパ?」

「セルリス。以前から薄々気づいてはいたが、勘違いが激しいな」

「そうかしら」

「そうだぞ。気を付けたほうがいい」

「そうよね。ラックさんが私の弟のわけないものね」

「お、おう」


 親子が和解した後、ゴランだけ食堂に来た。

 セルリスはどっかに行ったようだ。


「ラ……、ロック」

「どうした? って言うか、ちょくちょく言い間違えかけるな」

「すまん」

「まあ、それはいいんだが、どうした?」

「ほんと、うちの娘を頼む……。ほんと頼む」


 ゴランはこれまでにないほど深刻な顔をしている。


「お、おう」

「あそこまで、残念だとは思わなかった」

「俺もなぜか多少若返っているらしいしな。誤解しても仕方ない面もあるんだろう」


 セルリスが俺を弟と誤解したことに、ゴランはすごいショックを受けているらしい。

 自分と同年代だという認識があるから、よけいショックなのだろう。


「このままだと悪い奴に騙されてしまう……」

 そんなことをつぶやいている。


「まあ、大丈夫じゃないか?」

「そんな、適当なことを言わないでくれ」

「俺もなるべく注意してみておくから」

「ありがとう。ありがとう」


 ゴランは俺の手を握る。涙を流して感動している。

 あまりの態度に、困惑するほかない。


「……本当に、ゴランは大げさだな」


 そこにセルリスが入ってきた。


「パパー、お願いがあるのだけど――」


 そして、俺の手を握り、涙を流している父の姿を見て固まった。


「あ、ごめんなさい」


 何かを察したかのように、立ち去ろうとした。

 何かはわからないが確実に誤解している気がする。


「セルリス待つんだ」

「……ごゆっくり」

「いや、違うからな?」

「なにが違うのかしら」

「ええっと……」


 非常に困る。

 セルリスがアホ過ぎて、心配になったゴランが泣いたとは言いにくい。


「昔話をちょっとな……」

「なんだ、そうだったのね! てっきり私はパパがロックさんに振られたのかと」

「そんなわけないだろ」

「そうよね!」


 相変わらず、セルリスは思い込みが激しい。

 そんなセルリスの言葉を聞いていたゴランが真剣な顔で言う。


「な?」


 な? じゃないだろうと思う。

 だが気持ちはわかる。すぐ暴走するので、心配なのだろう。


「セルリス。ゴランにお願いがあるんだろう? 席をはずそうか?」

「構わないわ」


 そして、セルリスは言う。


「パパ。ニワトリ飼っていいかしら?」

「いや……。ダメだろ……。常識的に考えて……。日の出ごろに、めっちゃ鳴くんだぞ、ニワトリって」


 ゴランは何言ってるんだといった調子で即答した。

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