第27話

 シアはきちんと故郷で名誉を回復し、戻ってきたのだろうか。

 それにしてはやけに早い。心配になる。


「シア、大丈夫なのか? ちゃんと用事は済んだのか?」

「御心配には及ばないでありますよ。我が故郷は王都から徒歩3時間でありますから」

「近いんだな」


 そういえば、シアの故郷がどこにあるのか、俺は聞いていなかった。

 シアは自分のことを「東の方に住む、とある獣人族の族長の娘」と言っていた。

 なのに、俺は勝手に遠くの場所だと思い込んでしまった。


「確かに距離については言及していなかったな……」

「なんのことでありますか?」

「いや、なに。故郷での用事が無事に済んだのならよかった」

「ありがとうであります。これもロックさんのおかげでありますよ」

「気にするな。それよりも待っていたってことは人手が足りないのか?」

「そのとおりであります。……厚かましいことなのですが、ロックさんに頼みたいことが……」

「いいぞ」


 俺がそういうと、シアは驚いたような顔をする。


「まだ何も言ってないでありますよ」

「俺の力が必要なんだろ? なら助けてやる」


 そんなことを話していると、セルリスが口を開く。


「立ち話も何だし、上がってもらったらいいと思うの」

「いいのか?」

「いいわよ? ロックさんのお客さんでしょ?」

「すまない。シア、中で相談しよう」

「ありがとうであります!」


 俺はシアたちと一緒に屋敷に入る。

 ルッチラはゲルベルガを大切に抱いたままついてきた。


 シアはセルリスとルッチラを見て言った。


「あの、できれば、一対一で……」

「それもそうだな」


 俺はシアを自室へと連れていった。

 一対一になると、シアは、たちまち深刻そうな表情で語り始める。


「どうやら、ヴァンパイアどもが大きな動きを見せているでありますよ」

「ほう? それは厄介だな」

「はい。ヴァンパイアロードの上級種族、ハイロードが複数のロードを率いて動き出したようであります」

「ヴァンパイアハイロードか……」


 ヴァンパイアロードより数倍強いと言われるのが、ハイロードだ。

 魔神に勝るとも劣らない実力を持つ魔物である。


「我が狼の獣人族は総力を挙げて、企みを解明し阻止しようとしているでありますが……」

「ハイロードには手を出しにくいよな」

「はい。恥ずかしながら……。父もまだ全快したとは言えないでありますし」


 族長であるシアの父はロードとの戦いで重傷を負っているのだ。


 シアは説明してくれる。

 王都周辺には、シアの一族の他にも、狼の獣人族がいるのだという。

 その総力を結集し、ハイロードと対決しようという案が主流を占めはじめているらしい。


「気持ちはわかるでありますよ。あたしもヴァンパイアをのさばらせておきたくないでありますし」


 だが、相手は複数のロードを配下に置くハイロードなのだ。

 そんな強敵と戦えば、狼の獣人族が全滅してもおかしくない。


「さすがに危険すぎるであります。あたしも父の代わりに族長会議に出席して反対したのでありますが」

「通らなかったか?」

「はい。あたし自身が若すぎる族長代理というのと、我が一族は汚名をそそいだばかりということもあるので……」


 名誉は回復できた。だが一度大きな失敗を犯したのは事実ではある。

 公然と非難したりさげすむ者はいなくとも、甘く見られるのは避けようがない。


「汚名をそそいだというのに。獣人族も大変なんだな」

「それでもだいぶましでありますよ。ロックさんのおかげで速やかに汚名をそそげたでありますから」

「それならいいのだが」

「我が一族に、一目置いてくれた族長もいたであります」


 失態を犯したことに注目した族長と、どう挽回したかに注目した族長の違いなのだろう。


「で、俺にヴァンパイアハイロードを倒してほしいってことだな?」

「最終的にはそうなのでありますが……その前に急いでやらねばならぬことがあるのです」

「というと?」


 シアは声を一層ひそめる。


「ヴァンパイアどもは、とあるニワトリを総力を挙げて探しているであります。そのニワトリを先に確保し保護しなければならないであります」

「それって……」


 どこかで聞いた話だ。というか、明らかにゲルベルガのことだろう。


「ロックさんのお気持ちもわかるでありますよ。たかがニワトリを保護する理由が本当にあるのかと思っているでありますね?」

「いや、そんなことはないぞ」

「いえ、ロックさんが信用できないのも無理ないであります。なにせニワトリでありますからね」

「信じているって」

「ロックさんは優しいでありますな」

「優しいとかじゃなくてだな」

「なんでも、そのニワトリは開いた次元の門を閉じたり、ヴァンパイアの変化を防いだりできるでありますよ」


 やはりゲルベルガのことだった。


「信用できない気持ちは、ものすごくわかるであります。ですが、ヴァンパイアどもが探しているのは事実なのでありますよ」

「信じているさ。というか、さっき会っただろ」

「……さっき、でありますか?」

「うん。さっき家の前で魔族の少年がニワトリを抱えていただろ?」

「少年? あ、ああ。魔族がニワトリを抱えていたのは気付いていたでありますよ。夕ご飯かと……」

「シア。とりあえず、神鶏ゲルベルガさまを紹介しよう」

「あ、ありがとうであります?」


 ついでにセルリスとルッチラも紹介してやろう。

 そう考えて俺はそおっと扉に近づくと、一気に開いた。


「うわぁあ」


 部屋の中にセルリスが転がり込んできた。聞き耳を立てていたのだ。

 当然、俺は盗み聞きされていることには気が付いていた。

 セルリスは気配をもっとうまく消せるようになった方がいい。


 ルッチラはゲルベルガを抱えたまま、少し離れたところに立っている。


「だから、盗み聞きはやめたほうがいいって言ったのに」

「ココッ」


 ルッチラが呆れたように言うと、ゲルベルガも同意するように鳴いた。

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