#050 アルビオン発見

「ご無事、ですか……?」

「ええ、どうにか……」

「キュゥゥ……」

 完全に崩落しなくて良かったけれど状況はかなり悪い。

 ゴーレム製造工場は無事に全機能を停止すべく自爆してしまった。けれど退避する時間もなく僕らは巻き込まれ、どうにかこうにか防壁で生き埋めだけ免れたものの――という感じである。

 瓦礫の上へ出られはしたけれど入ってきた扉の隙間は完全に閉ざされている。天井は崩れてしまって、大きな柱と瓦礫が奇跡に組み上がってできたスペースに僕らはかろうじて退避できた。辺り一面は瓦礫、上下左右とも瓦礫だらけ。出口なんてあるのだろうかというような感じである。瓦礫が噛み合って奇跡的に生まれた空間に閉じ込められた。

「大きな怪我もなく命が助かったのは良かったですけど、外に出るどころか、移動をすることも難しいですね……」

「瓦礫の隙間を這い進もうにも何かの弾みで崩れたら生き埋めになってしまうものね」

 ギルだったらこういう状況をどうやって切り拓くのだろう。力押しな光景しか浮かばない。とても僕にも真似できないだろう。

「キュ、キキュ!」

「あ、ノイン、ちょっと?」

 瓦礫の隙間へひょいとノインが飛び込んで行ってしまう。

「ノイン、出ておいで! 戻ってきてったら、おーい」

「大丈夫かしら? もし崩れちゃったら……」

「ああもう、基本いい子なのにちょこまかするから……ちょっと追いかけてみます。エンタイルさんはここを動かないでください。念のため、もし崩れてきても圧し潰されないよう防壁だけ展開しておきますから」

 エンタイルさんを防壁で囲い、瓦礫の隙間へ身を滑らせる。大人は難しいだろうけどかろうじて僕ならどうにか潜り込めそうだ。

「ちょっと、エルくん!」

「大丈夫ですから! ノイーン、出ておいで、どこに行ったの?」

 呼びながら瓦礫の中を這い進む。痛い、肘を瓦礫の鋭利な角で引っ掻いちゃった。もう、ノインったらたまに悪い子になるのかな。

 でも前にぴょんぴょんと勝手に走って行っちゃった時はエンタイルさんのお家まで案内をしたかのようにまっすぐ連れてってくれたっけ。もしかして今回もそんな感じなんだろうか。

 そう言えばゴーレムはちゃんと止まってくれたかな。

 そしてギルはいつになったら合流してくれるんだろう。ゴーレムをどうにかできたのかどうか、って不安もあったけど冷静に考えると、ゴーレムをどうにかしたことで調子に乗って宴なんか開かせて散々に飲み食いして惰眠を貪って、綺麗なお姉さんに鼻の下を伸ばして――なんて想像力が働いてしまう。いやいや、こっちの方が冷静な考えじゃない。でもギルなら何でもありっぽい。ああ、本当にもう、何というか、ギルってばギルだ。

 今ごろ、本当にどうしているのだろうか――。


 ▽


「――大丈夫ですか?」

「ん、ああ……痛って……」

 お貴族様の屋敷の客間を出られない。退屈していたらドローレスが入ってきた。

「先ほど、目を覚まされたと聞きまして。本当に、どうもありがとうございます。こんな傷まで負われて……何とお礼を申し上げればいいか。本来ならば主人よりお礼の言葉を伝えるべきなのでしょうが、何かと慌ただしいものですから」

「うんにゃ、俺は髭蓄えたオッサンよかァ、美人にお礼言われた方が嬉しいね」

「まあ……そんなこと、ふふ、面白い方ですね」

 これで手でも握ってくれりゃあ文句なしだが、さすがに貴族の人妻てえのは堅いか。単なる世辞にしか思われちゃねえらしい。

「しかし、あれは一体……何だったのでしょうか……?」

「ありゃあゴーレムってえ古代の遺物だ」

「ごーれむ、ですか……?」

「あーあ、楽ちん簡単で強烈な兵器ってえやつでな。まあ、あんなもんはない方が世のため、人のためってえこった」

 問題はどうして、ゴーレムなんぞがいたのか。

 それも一体や二体でなく、小隊規模で街を襲うなんぞして何をしたかったのかも分からん。街を襲っておいて恐らく初期設定は非殺傷設定でもあった。俺がちょっかいかけた瞬間にマジモードになりやがったけど。我ながらよくやったと思うが、ちとあれはヤバかった。

 <黒迅>は強烈だが一対一サシが一番得意だ。こういう時はやっぱ<黒轟>が最適だった。クリフォードとかいう野郎に盗られたまんまだが。

 お陰様でゴーレムは全滅させたものの、こっちはそれなりの重傷だ。エルがいりゃあ<ルシオラ>ですぐに治せるもんをあの野郎とっとと行きやがって。早く戻ってこいってんだ。

 迎えにでも来いってのか? ――ありそうだな。

「なあ、ちっと教えてくれ」

「何でしょう?」

「ええと、何だっけな……。名前忘れちまった。何とかって学者が、この街の先で研究だか何だかやってる、とか。分かるか?」

「ああ、エンタイルさんですね。彼女がどうか? そう言えば弟さんが彼女に用事があると先に向かわれたんでしたよね。まだ小さい子なのにしっかりした弟さんですけど、離れていてはご心配ですか?」

「や、心配なんぞこれっぽっちもねえんだが……多分、そのエンタイルってえやつのとこにいると思うから、行かねえとなんねえんだな。……何かこう、痛み止めになるような薬とかあったら分けてくれねえか?」

「え……そのお怪我で、行かれるのですか?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、頑丈なんだよ。それにエルんとこ辿りつけば傷も良くなる算段があってよ。……だが、ちと歩くと痛えからよ、杖かなんかありゃあ持ってきてくれやしねえか? 帰りにも寄るだろうから、そん時にゃ酒盛りと、お礼の金品も用意しといてくれや」


 ▽


「キュ? キキュッ!」

「何を平然としてるのかな、きみは……」

 瓦礫の中をどうにかこうにか這い進んで、隣の区画へ入れた。そこでノインはお尻だけ下ろして座り僕を待ちわびたとばかりに待機していた。

「……こっちの照明もついてないか」

 とりあえずファイアボールで明かりにする。なかなか広いけど、まだここも通路らしい。エンタイルさんを守っている防壁に異常な感覚はない。

「しょうがない、探索してみようか……」

「キュ」

 ノインが肩まで登ってきた。首の下を指先で軽くこするように撫でてやってから歩き出す。ここがアルビオンならば、他にも色々な施設があったのだろうと想像がついている。

 古代魔導文明において、ここが時代を築いていたというのはきっと確かだ。

 ならば何か手がかりがある。

 僕の理解の範疇にはない誰かからのお願いだ。――正しくない滅びを迎える運命にあるから救ってもらいたい、と。

 しかし漠然としすぎている。

 あるいは古代魔導文明が滅んでしまったことと関連があるのではないか、という推察しか今は手元にない。こんなことで本当に大丈夫だろうかと不安はある。

「キュウ」

「……あ、そう言えば?」

 その誰かに最後に招かれた時に、眷属をプレゼントするとか言っていたっけ。ペットとかかわいがるタイプかって尋ねられた。

 ノインを見つめる。相変わらず猫なのかリスなのか、あるいは狐なのか、よくよく分からない小動物だ。サイズ感はリスっぽいけど気ままそうなところは猫っぽくて、尻尾の毛なんかのふわふわ具合は狐っぽくも見える。謎の小動物。

「キキュ?」

「きみ、例のあの謎の人――人間かは分からないけど、彼に、僕のところへ行けって言われたの?」

「キキュウ……?」

「うーん……ま、いっか」

 小首をかしげるような仕草がかわいいから良しとしてしまおう。何にせよ、ノインはノインであることに変わりないのだから。


「気を取り直して、探検、探検っ」

 探検という言葉にはわくわくするけれど、実際に廃墟然としているところを歩くのはちょっとだけ怖い。ちょびっとだけ。

「ノイン、離れちゃダメだよ」

「キュ」

 ただでさえ小さめな僕の肩に乗れるほど小さい相棒がいなければちょっと腰が引ける。足元はさっきの瓦礫が雪崩れ込んで不安定だし、暗いし。暗いところというのが何だか怖いと感じるのは人の本能だとも思う。あの闇の中に何かが潜んでいるのではないかと怖くなるのは、きっと人が安全な住居を建てられず、野山から獣が出てくるのではないかと警戒をしていたころの本能なのではなかろうか。

 そういった今では不要ではないかと思えるような人の本能というのは、切り捨てるべきなのか、あるいは鋭敏に研ぎ澄ませていくべきなのか。前者では突き詰めたら危機感がなくなってしまうような気もする。後者でも物音に敏感になりすぎるとかで生きづらいかも知れない。

 生物は同じ種類であってもある程度の多様性がないと種の存続を保てないとかいうらしいし、こっちに進化するぞと舵を切って皆が一緒というようになるのも問題か。

 同じ進化をして環境に適応できなくなったら自然淘汰されるということに通じてしまうし。自然淘汰と言えば――今の時代、魔術を扱えない人がほとんどだというのもその一環だったりするのかな。

 どうして魔術の素養のない人が極端にいなくなってしまったんだろう。魔導文明というものが興ったほど魔術を使える人間が大勢いたはずだというのに。

 というか、魔術の素養ってどこで決まるのだろう。

 僕とギルの違い。僕とエンタイルさんの共通項。これって何だろうか。

 つくづく、謎しかない。

「キュ!」

「ん? 何? あっ、また、ノイン!」

 鳴いたと思ったらノインがいきなりぴょんと駆け出してしまった。追いかけていくと閉ざされている扉を前脚でかりかりとしている。

「キキュ、キュ!」

「何、ここに入りたいの? ん-と……ドアノブなし、床にそれっぽい痕跡なし……押したり引いたりじゃなくて、これはスライド式かな。でも手をかけられるようなところもないから……自動扉?」

「キキュ?」

「うーん、こうなったら……」

 とりあえずノインを腕に抱き上げて十歩ほど扉から離れる。

「パンツァー・フォー!」

 魔術ぶっぱで壊すに限る。

 とんでもない粉塵が巻き上がって軽くむせたけれど扉は無事に壊せた。

「それで、ここに何があ――あ、ああ……? ええええ……?」

 何だこれとしか、言えなかった。

 恐らく、今までいたのはアルビオンの外縁部だったのだろうと思った。そして、そこからアルビオン内部区画へ僕は出た。いや、入った?

 けれど問題はその規模だ。できるだけ大きく内部でファイアボールで形成して照らせる範囲を広げていき、目に見える部分が広がるにつれてドン引きしてしまう。

「何これ、ほんと……おかしいって……」

 どれだけ大きくしても全景を見られない。――あまりに、広すぎて。

 都市がそこに広がっていた。僕が出たのは都市をすっぽりと覆う外縁の壁の高所だ。何かのメンテナンス用のキャットウォークだと思う。眼下には素材さえ分からない立派な建築物がいくつも軒を連ねている。塔のような高い高層建築物、荒れ果ててしまってはいるが公園のようなところもあるし、住宅地のようなところはどの家も庭つきの戸建て建築物が整然と並べられている。

「……何これ、何これ、やばいやばい、アルビオンやばいって……」

 広大すぎる。こんなものがあの荒野の下に眠っていただなんて。

 これだけ広いと探索も時間がかかってしまうだろう。

「案内をしてくれてありがと、ノイン」

「キキュ」

「とりあえず……一旦、戻らなくちゃね。ここに手をつけるなら、改めて準備をしなくちゃ」

 となれば出口を探さないとならない。見た感じ、現在地はけっこう高所だ。とは言え、地下に変わらない。不思議な感覚だけど、地上までの出口を探すか、もう自力で掘削でもして出口を作り出すかをしないとならないだろう。

 通路へ戻って周りを見渡し、天井を見上げる。下手に天井に穴を空けたら落盤なんてことも考えられる。とは言え壁一枚を隔てたところにアルビオンの都市が埋まっていて、そこは大きな大きな空間となっているのだから最悪、土砂なんかはそっちへ逃がせる。

「掘るか……」

 あとはエンタイルさんをあの瓦礫の中から安全にここまで案内する方法だ。

 一度引き上げてからギルと合流をして改めて探索といきたい。しかし大昔の都市が丸ごと残ってしまっているというのはすごい。早く探検したい。

 そして、どうして古代魔導文明が滅びてしまったのか。その手がかりを突き止めたい。

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