第12話 人間の戯れ
第一回写真選手権は、審査へと移った。高校の正門前に集まった一同は部室に戻ってきた。部屋のカギを開けると、むわっと熱気が抱きついてくる。夏はもう少し先なのに、教室には太陽の熱が閉じ込められている。要は平年よりも暑い。つとむとるいが窓を開けて回っている間に、かなれはカメラのコードをテレビに接続する。主催者なだけあって、配線には手慣れていた。
「ゆいちゃんは、テキトーに椅子を持ってきて座っといてね」
「あっ、うん」
「いずれ私の右腕となってもらうからさ。やり方、しっかり見といてね~」
ポーカーは机に乗っている椅子を降ろし、テレビの前に設置する。初めての経験ゆえか、動きに戸惑いがあった。おずおずと腰を下ろし、足を揃えて座る。卒業式かと思えるほどに畏まっていた。
「はあ……緊張してるゆいちゃんも乙なものだねぇ」
準備の手が止まるかなれ。顔がほころんでいる。
さらに困惑するポーカーに、
「気にする必要ありませんよ」
つとむが椅子を引きずり、ポーカーの傍に座った。るいも続く。
「そうそう、皆が撮った写真を見るだk……写真」
途中まで言って、るいは思い出した。学校へ出てから何をしていたかを。何を撮ったのかを。
「ああああ!!」
撮っていない。撮っていないのだ。ポーカーと町をふらついただけじゃないか……いや、一枚だけ撮った。川で遊ぶポーカーの姿を収めた写真。
こんなの先輩にバレたら、ケータイの待ち受けにされること請け負いだ。プライバシーの欠片もない。しかし、“可愛いもの”には目がない先輩のことだ。ホントにやりかねない。500円賭けて誓おう。
るいはできるだけ目線を逸らし、たどたどしく言葉を紡いだ。
「あはは……それが、その……何にも撮ってなくて……」
咄嗟にカメラを確保し、強く握りしめる。汗は肌から滲み、目は泳ぐ。ちぐはぐな言葉でなんとか誤魔化そうとしていた。
その様子をきょとんとした様子で見ていたポーカー。
「あ、そっか、秘密だもんね」
うっかり口を滑らしてしまったのだ。
「ひみつぅ~? なぁに? 秘密って」
次の瞬間、かなれはぐいっと顔を寄せる。にたりと笑みを浮かべ、 丁度いい獲物を見つけた獣のように、目を光らせている。
カメラを手に取らんと腕を伸ばすかなれ。届かぬようにカメラを遠ざけるるい。その様子を面白いショーを見るかのように、興味津々の眼差しで見守るポーカー。割とどうでもよさそうに待っているつとむ。三者三様ならぬ、四者四様だ。結局、
「……まあいいや、プリントするなら私のいない時にやってね。気になっちゃうから」
と、かなれが諦めることで決着がついた。「見たかったなぁ」と呟き、テレビの電源を点けた。
映ったのは、空飛ぶ鳥の写真だった。ブレることなくはっきりと輪郭を捉えている。かなれのだろう。写真のバランスも良く、技術が光っている。澄み渡った青い空を背景に、三羽の小鳥が一方に向かって羽ばたいている。どこへ行くかは知る由もないが、行かねばという使命感を感じさせる。
次に 映ったのは、下から覗いて撮ったであろう木の写真だった。近くの公園で撮影したらしい。太陽の光が無数の葉から差し込み、幻想的な雰囲気を帯びている。これはつとむが撮ってきたものらしい。お粗末な部活ながらも、中学時代からカメラに触れてきただけあってなかなかの腕前だ。
その後もスライドショーは続き、終わるとポーカーから拍手が送られた。
「嬉しいなぁ、頑張った甲斐があったよ!」
喜んで飛びつき、くしゃくしゃと頭を撫でるかなれ。ポーカーも嬉しそうだった。
「……ゆいさんって、何者なんですか」
「えっ?!」
るいにだけ聞こえる声でつとむは問いかける。るいは思わず声が裏返る。危うく椅子から滑り落ちるところだった。
バレたのか? ポーカーが人間じゃないって……。心臓がフルスロットル。今にも飛び出そうだ。
「な、な、何のこと?」
「だって、若干の変態と言わしめるあの部長のテンションについていけているんですよ。どこの星の人間なんですか」
……ああ、そういうことか。
「ま、まあそういうこともあるよ。あはは……」
今度は安堵でずり落ちそうになった。
バレたらどうとか、そういうのはどうでも良い。でも、信じてもらえないことを言って混乱させるのは良くないと思った。
「もし仮に……別の星の人間だって言ったら?」
「どうでも良いですよ。その程度で、僕の在り方は変わりませんよ」
清々しいほどの即答だった。しかし、だからこそなのだろう。彼らがこの場所に集っているのは。 だからこそ、るいはここに居るのだ。
こうして、写真部による第一回写真選手権は幕を下ろした。かなれのスキンシップと共に。
外は少しずつ赤を混ぜ始めている。かなれ、つとむと別れたるいとポーカーは、帰路についていた。陽が暮れれば、影痕が動き出す。
「もうすぐ日が暮れちゃうね」
「ああ、寂しいな」
「うん」
しんみりとした雰囲気になり、自然と言葉数が減る。ポーカーの白い服は、赤くなり始めた光の色を吸い込んでいた。涼しい風が、スカートをそっと揺らした。
「……ねえ」
ポーカーが静かに口を開く。その姿は、終わっていく祭りを恋しく思う子どもを感じさせる。いつか見た死神のような姿とは似ても似つかない。全くの別人と錯覚してしまう。
「私、あの二人にも“ポーカー”って名乗ろうと思ったの」
あの日、勉強会で初めて顔を合わせた時の話だろう。
「でも、“羽衣原 ゆい”って口走ってた。二人を前にした時、いつの間にか」
髪を手で弄りながら、彼女は歩く。いくら巻いても、銀色の髪はまっすぐに戻ってしまう。
好きだと語ったポーカーの名。それを差し置いて、彼女はそう名乗っていた。るい自身も、当初は疑問に思っていた。だが、親しくなっていく様子を見て、些末なことだと気にしなくなっていた。
ポーカーは不意に足を止めた。隣で足音が聞こえなり、るいは振り返る。そして、佇んでいた少女を見た。彼女の真後ろには西日が差し、逆光で表情は読み取りづらい。
「なんでだろ」
繰り返し呟く。
「……なんでだろうね」
——胸を押されたような心地さえした。問いかける少女の表情は、どこか悲しそうだったから。逆光の中の作り笑いに、僕は釘付けになった。
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