今宵こそいとむつかしげなる夜なめれ(2)

「柚ちゃん浴衣いいねー、可愛いねー」

「ありがと!」

 白地にピンクと水色の模様がプリントされた涼しげで可愛らしい浴衣を着て髪をアップにまとめた柚子は、自分を絶賛する勝元にニッコリと笑って返した。

「沙也香ちゃんたちとは現地集合だよね?」

「うん現地。行こっか」

 勝元が頷く。二人は陰陽団基地を出ると駅へ向かって歩き始めた。

 今日は、中央公園で行われる新葉区で最も有名な祭り「新葉なつまつり」のパトロールをすることになっている。中央公園までの距離は徒歩で行ける程度のものだが、柚子が浴衣を着ているため地下鉄を使うことにした。自分は疲れないから平気だと柚子は伝えたのだが、勝元は「まあ楽な方で行こうよ」と返してきた。そこまで配慮してくれるのであれば、お言葉に甘えることにしよう。

 中央公園駅付近は祭りの客でごった返していた。人の間を縫うように歩き、中央公園から少し外れたところにあるファストフード店の前まで向かうと、既に到着している椿と翼と涼介が電柱の近くに立っているのが見えた。

「お待たせー」

 柚子はそう言いながら三人の元へ駆け寄った。椿たちがこちらを振り向く。椿は花火模様の紺色の浴衣を着て、長い黒髪を柚子と同じようにアップにまとめていた。

「椿かわいー! 浴衣似合うねぇ」

 柚子は思った通りのことを口にした。艶のある長く真っ直ぐ伸びた黒髪が特徴的な彼女は、ブレザーの制服よりも団服や浴衣の方が様になっている気がする。

「どっ、どうも……柚子の方が似合ってるわよ」

 椿は顔を赤らめてそう返した。

「えー、そこは二人とも同じくらい似合ってるってことでよくない?」

 柚子が笑顔のまま言うと、椿は呆れたように小さく笑った。

「あー、ごめん、お待たせー」

 ふと声が聞こえてくる。振り返ると、沙也香がこちらにやってくるのが見えた。沙也香は紫色のシンプルな浴衣に身を包んでいる。

「みんなついさっき来たところよ」

 椿が言った。

「沙也香も浴衣かわいー、大人っぽい!」

「へへ、ありがと。二人も可愛い」

 柚子が褒めると、沙也香はそう言って爽やかに笑った。

「ありがとー」

「あ、ありがとう……」

 椿がぎこちなく礼を言う。

「いやー、やっぱ浴衣っていいよねー」

 勝元が呑気に言うと、沙也香は勝元をチラッと見てからブツブツと呟く。

「別に宗くんを喜ばせるために着てるわけじゃないけどねー」

「辛辣ー」

 沙也香の言葉に、勝元は大して動じていない。

「はいはい、いーから行こ!」

 柚子は大声を上げて勝元の背中をぐいぐいと押した。沙也香は相変わらず勝元に当たりが強い。

 今日はまずは祭りの運営スタッフたちに挨拶をすることになっている。集合場所となっている公園の一番大きな入口まで向かうと、黄色いTシャツを着用した二人の男女が脇で話しこんでいるのが見えた。男性は眼鏡をかけており、女性は団扇うちわを激しく動かしている。

「こんばんは」

 柚子が声をかけると、ダラダラと会話を続けていた二人は慌ててこちらを向いた。

「ハイッ! どうかしましたか」

「お世話になっております。今夜のパトロールを担当する陰陽師です」

 椿が丁寧に言うと、スタッフの二人はああ、と大きく口を開いて頷いた。

「お待ちしてましたー、毎年すみません」

 女性スタッフが団扇を煽ぐ手を止めずに言った。

「いえ……まあ、私たちは初めてですけど」

 柚子がそう言うと、二人は顔を合わせて小さく笑った。

「大丈夫ですよ。いつも何ともないので」

「こういうのってフラグだよねぇ」

 男性スタッフのあっけらかんとした声を聞いて、勝元は柚子に耳打ちした。

「とりあえず陰陽師の皆さんに見回っていただくということになっているので、ざっくり祭りを回っていただいて。でも気負わなくて大丈夫です。普通に楽しんでいただければそれで。あ、このリストバンドをつけておいてください」

 女性スタッフは早口に言いながら柚子たちに黄色の細長い紙を配った。礼を言って受け取り、紙を手首に巻いて固定する。紙には何も書かれていないが、恐らくこれを巻いている六人がパトロール中の陰陽師であるということを証明してくれるのだろう。

「何かあれば我々に連絡をお願いします。それと必要な場合は陰陽団の方にも。でー……祭りが終わり次第、解散ということで。そのまま帰っていただいて大丈夫です」

「分かりました」

 女性スタッフの説明に、陰陽師たちは頷く。

「では……今日はよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますー」

 頭を下げて挨拶を交わすと、柚子たちはスタッフ二人に見送られながら公園の中へと入っていった。

「……だいぶ適当だな」

 涼介が歩きながらボソッと呟いた。

「ね。とりあえず挨拶しといたって感じ」

 柚子はそう言って、辺りを見渡した。入口付近は混み合っていたが、遊歩道を歩き始めると人の数は少し落ち着いてきた。両脇に屋台が並んでいるせいで普段より道が狭くなっているのも混雑の理由の一つだろう。たこ焼き、焼きそば、焼きもろこし、わたあめ、りんご飴。どこを見ても辺りはすべて食べ物を売っている屋台ばかりだ。至るところからいい匂いが漂ってくる。

「今日使う金全部団から出るんだよな?」

 翼が喜びを一切隠さない表情で言った。

「そうそう。ラッキー」

 沙也香もそう言ってニヤッと笑う。

「でも買いすぎはだめよ」

 椿が嗜めるような声で言った。

「どうせいっぱい金持ってんだろ?」

「食べたいもの食べまくっちゃおうよ。ねえ、まずどれにする?」

 翼の言葉に、柚子もワクワクしながら声を上げた。

「柚ちゃんは何食べたいの」

「私? 今ねー、あの匂いでイカ焼きの気持ちになってる」

「おー、渋いとこ行くねー」

 柚子が答えると、勝元は感心したような声を上げた。

「俺焼き鳥食いたいな」

「あー焼き鳥もいいねー」

 柚子はそう言って頷いた。数メートル先に煙の上がった焼き鳥屋の屋台が見える。

「かき氷かー。俺もう何年も食ってねえ気がする」

 翼が呟いた。続いて沙也香が口を開く。

「あ、じゃがバタあるよ美味しそう。柚子好きだよね」

「うん好き!」

 柚子は満面の笑みで答えた。

「じゃがバタいいな。あ、チョコバナナ……小さい頃憧れたな……」

「分かるわ」

 しみじみと言う涼介に、翼も頷いた。

「都くんがチョコバナナに食いつくの意外だな」

 勝元がそう言って翼と涼介の会話に加わった。

 周囲は友人たちだけでなくたくさんの人たちの声で騒がしい。だが、柚子はふと椿の声が聞こえてこないことに気がついた。

「椿は? 何か気になるものある?」

 柚子はそう言って椿の方に振り向いた。椿はキョロキョロと屋台を見回している。

「た……たくさんありすぎて……お祭りなんて小さい頃にお母さんと来た時以来だから……」

 どうやら、軽くパニックに陥ってしまっているらしい。椿の様子を見て、柚子は大きな声を上げた。

「じゃあ私たちで決めちゃおっか! てかとりあえず今名前出たの全部でオッケー?」

「いいんじゃね? さっさと食おうぜ、腹減ったわ」

 翼が待ちきれなさそうに言う。

「かき氷とチョコバナナは後でにしようよ」

「あーその方がいいかも」

 沙也香の提案に柚子は同意した。

「早く買おう。結構並んでる」

 涼介の冷静な言葉に、一同は「そうだね」などと声を上げながら屋台に近づいていった。

「分担する?」

「んー、持ちきれなさそうじゃない?」

「確かに」

 勝元の質問に柚子が答えると、勝元は納得したように頷いた。

「じゃあまずは一番近い焼き鳥から行くべ」

「いいよー! 行こ行こー」

「めっちゃいい匂いするねー」

「えっ結構高いのね……」

「仕方ないよ、祭りはそういうもんだから」

「でも経費で落ちるから問題ない」

「……そうだったわね」

「はい次のお客さんどうぞ!」

「はーい、焼き鳥六本お願いしまーす!」

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