私はあんたとは違う(2)

 陰陽団基地の一番奥にある大きな部屋。陰陽団団長、山川八郎の部屋だ。帰ってきた途端に八郎に呼び出された柚子は、八郎が襖を閉めて自分の目の前に座るのを確認すると、素早く口を開いた。

「あの、いろいろありがとうございました」

 そう言って深く頭を下げる。

「ん? ああ、どういたしまして」

 八郎は何でもないことのように答えた。

 天涯孤独になってしまった柚子に世話を焼いてくれたのは、他でもない八郎だった。彼は必要な手続きを迅速に終える手伝いをしてくれただけではなく、何もできない柚子に母親を弔う場も用意してくれたのだ。

「君は何も気にしなくていいから。……それじゃ、確認事項とか連絡事項とか諸々あるからどんどん言ってくよ」

「は、はい」

 八郎の言葉に、柚子は思わず構えた。

「まず、君の住んでた家の話なんだけど。そのままにしてあるけど、家賃は僕が払うってことで問題ないね?」

 柚子は頷くこともなく黙っていた。このまま実家に住み続けても妖怪に狙われて危険なだけだと八郎に言われ、柚子は陰陽団基地の寮で生活することを義務づけられた。柚子は家から日用品や雑貨以外にベッドや机、それから父親の仏壇と母親の遺骨など、必要なものを寮に持ち出した。この引っ越し費用も、八郎がすべて出してくれた。

「……本当にいいんですか?」

「前にも言ったけど、柚子くん、君からは一切お金を取らない。君、頼れる人いないでしょ。必要なら僕が後見人になろう。さっきも言った通り、君とお母さんが住んでた家はそのままにしておくよ。まあたまに掃除くらいはしに行った方がいいと思うけど」

「あ、あの……」

「寮費とか諸々……本来必要なお金は君からは何一つ取らない。僕が個人的に君を陰陽師に勧誘したんだしね。これくらいのことはさせてよ」

 八郎はそう言ってニッコリと笑った。何から何までやってもらっている。この恩を仇で返すわけにはいかないだろう。

「こんなこと、今まで一度だってなかった。……何せ君は『特別』だからね」

 八郎の鋭い瞳が柚子を捉えた。

「なんてったって君は白面金毛九尾の狐の娘。『特別』中の『特別』だ」

 柚子は何も言えなかった。八郎はそんな柚子を見てにやりと笑う。

「僕たち陰陽師は妖怪退治をする傍ら、八回目の転生を遂げた白面金毛の娘に会って以来、再び白面金毛やそれに取って代わる存在の脅威が訪れないように白面金毛の娘をずっと探してきた。君は妖怪だけではなく、陰陽師からも狙われている。そして君が白面金毛の娘だって知っているのは、今のところ僕とあきらくんと群治郎くんと、あと諸事情でもう一人いるんだけどその四人だけ。これからどうなるかは、君次第だ」

 柚子は張り詰めた表情を浮かべたまま視線を落とした。そこで柚子は、八郎の横に細長い筒のようなものが置いてあることに気がついた。八郎は、先程までとは打って変わって明るい声音で続けた。

「さて! 大切なのはここからだ。まず一つ目。君は化け狐を殺した時、恐らく白面金毛の力を使ってやったんだろうけど、これからはその力は使えないからね」

 八郎はそう言うと、その横に置いていた筒を手に取って中身を取り出した。中には、飾りのついた鈍色にびいろの棒のようなものが入っていた。八郎がその棒の大部分を包んでいた覆いを取り外したところで、柚子はそれが刃物だということにやっと気がついた。両刃の得物。刀ではなく、剣だ。

天叢雲剣あまのむらくものつるぎ

 八郎は歌うように言った。

「これ、君にあげるよ。家の物置にあったとか適当に嘘ついていいから、これからはそれを使って戦うんだ。力を使って妖怪だとばれてしまわないように」

 八郎はそう言うと、天叢雲剣を柚子に渡そうと手を伸ばした。柚子は慌てて受け取った。剣はずっしりとしている。

「あ、ありがとうございます……」

 柚子は恐々と礼を言った。こんなものを自分が持っていていいのだろうかと思えてくる。

「剣術の訓練もやろうと思えば今後受けられる。まあ、大体みんな刀だからあまり参考にならないかもしれないけど」

 八郎はあっけらかんとして言った。

「そしてもう一つ」

 柚子が天叢雲剣を筒にしまうのを待ってから、八郎は声を上げた。

「後日また説明するけど、陰陽師は必ずペアを組まなくちゃいけないんだ。陰陽師は一人ひとりそれぞれ戦い方が異なるから、基本的に班を作って集団で戦うことになっているんだけど、最低でも二人で戦えるようにペアを組む。どうしてもペアを組めない場合は三人で組むこともあるけど、通常の場合陰陽師にはパートナーが必要となる」

 八郎は一息つくと説明を続けた。

「班のメンバーは主に同期の陰陽師。それが苦楽を共にする仲間たちさ。陰陽師志願者が集まったら、全員で研修旅行に行く。そこでみんなの戦い方を見て、相性のいいパートナーを決める」

 八郎はそこまで言うと、意味ありげな目線を柚子に向けた。柚子は黙って聞いている。

「……だけど、柚子くん、君は『特別』だからね。誠に勝手ながら、パートナーは先に決めさせてもらったんだ」

「え?」

 柚子は拍子抜けしたような声を上げた。

「相手は代々陰陽師を輩出している由緒正しいお寺の一人息子。年齢は確か君と同い年で、陰陽師としての素質もバッチリだ。パートナーに正体をばらすかどうかは君の判断に任せるけど……」

 八郎はそう言って不安げな表情の柚子を見つめた。

「……ま、やめといた方がいいかな」

「……」

 八郎の何とも言えない口調に、柚子は小さく息を吐いた。

「見たところ、君は人とコミュニケーションを図るのは苦手じゃなさそうだし、大丈夫そうかな。彼も今ここに呼んでるんだ。もう少ししたら来ると思うから、ちょっと待ってて」

「あ、はい……」

 八郎に言われた通り、柚子は大人しくパートナーが来るのを待った。どんな人なんだろう? 柚子は少し不安だった。

 どうせなら沙也香とペアがよかったな。柚子はそう思った。それにしても、白面金毛の娘だということを隠してずっと一緒にやっていくことなんて可能なのだろうか。いつか話さなければならない時が来るのだろうか。その時はどうすればいいのだろう。そんなことを考えながらしばらく待っていると、足音が聞こえてきた。部屋の外から聞こえてくる。どうやらパートナーがやってきたようだ。

「すいませーん、遅くなりましたー」

 気迫の感じられない、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「入っていいよ」

 八郎がのんびりとした声音で言う。襖を引く音がした。柚子はゆっくりと振り向き、そして、口をあんぐりと開けて声の主を見つめた。

「そ、宗くん?」

「あれー? 藤原さん?」

 襖を開けて現れたのは、クラスメイトの宗勝元だった。え、宗くんってお寺の息子だったの?

「え、っと……」

 柚子は何を言えばいいか分からず呆然としていた。

「よかったー。正直あんまりやる気なかったんだけど、藤原さんみたいな超可愛い子とペア組めるならモチベーションも上がるよねー」

 勝元はへらへらした態度で言う。柚子は目を瞬いた。

「あ、知り合いだったの? それじゃ問題なさそうだね。とりあえず座りなよ」

 八郎が言った。勝元が柚子の隣に胡坐をかく。

「さて、さっきも説明はしたけどもう一度。ちょっとした事情があって、二人は一足お先にペアを組ませてもらったよ。でもこのことは他の子には一応秘密にしておいてね。研修旅行の時に同じようにペアを発表するから、その時には初めて聞いたってリアクションを頼むよ」

「えー、やらせですか?」

 勝元が気の抜けた声で言った。

「なんで事前に知らせたんですか?」

 柚子は当然の疑問を口にした。二人には内密にしておいて、研修旅行の時に教えてくれればいいのに。

「ん? なんとなくかな」

 八郎の答えに、柚子は「え……」と声を上げてしまった。

「せっかくだから、先に親交を深めておいてもらってもいいんじゃないかなと思ってね」

 八郎は茶目っ気たっぷりに答えた。

「ま、いいや」

 勝元は調子のいい声で言った。

「藤原さん、既に学校で一番可愛いって話題なんですよ。たまに他のクラスの奴どころか上級生も顔見に来てるし」

「そりゃそうだろうねえ」

 勝元の言葉に、八郎は意味ありげな声音で返した。

「めんどって思ってたけど、藤原さんと仲良くなれるならラッキー」

 勝元はそう言うと、柚子の方に向き直った。

「そういえば、藤原さん風邪でしばらく休んでたけど、もう大丈夫なの?」

「え? ああ、うん。大丈夫……」

 柚子は上の空で返した。勝元の言葉がどうも頭に引っかかる。勝元は、「あ、そうだ」と言ってポケットからスマートフォンを取り出した。

「こないだ聞きそびれてそのままになってたじゃん? FINE教えてよ」

「あー、うん……」

 柚子もスマートフォンを取り出した。そして、ニコニコ顔で柚子を待つ勝元を見つめる。柚子の瞳が、すうっと細くなった。

「……やっぱ、教えない」

「え?」

 勝元が目を見開く。いつもへらへら笑っている彼のこんな表情を見るのは初めてだった。柚子はスマートフォンをしまいながら、憮然として言い放った。

「めんどくさいなら辞めたら? 私は違う。そんな人とは一緒にやりたくない。私は本気で陰陽師になりたいって思ってるから」

 見た目のおかげでちやほやされることには慣れていたが、そんな理由でやる気を出されるのは嫌だった。

「え……っ」

 勝元は呆然としている。柚子は次に八郎に向き直った。

「団長。悪いけど、彼とはペアになりたくないです。パートナー変えてください」

「……考えとくよ」

 八郎は低い声で唸った。

「ありがとうございます」

 柚子はバシッと言うと、天叢雲剣の入った筒を持って八郎の部屋から鼻息荒く立ち去った。



「えー、どうするんですか団長」

 勝元は襖を小さく開けて、驚いた表情で柚子の後ろ姿を見つめていた。

「どうしようかねえ?」

 八郎はどうしようだなんて微塵も思っていなさそうな声で言う。

「藤原さん、思ってたのと違うな」

 低い声でそう呟くと、背後から八郎の笑い声が聞こえてきたので勝元は振り向いた。

「彼女、結構面白いよねえ」

 八郎はそう言って、ニヤッと笑った。

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