第4話 そもそも記憶界とは
────オレ様とハナはひまわりの下にたたずんでいる。
町を離れていく中村玄少年の後ろ姿を見送っていたのに、まばたきしたら周りの風景が変わっていた。
こんな風に、オレ様が記憶界に入るときは一瞬にしてだ。
例えば〈まばたき〉を想像してほしい。
まぶたが閉じる、開く、という連続した動きがまばたきだが、閉じて、開いたら、その時にはすでに前の世界とは別の世界が目の前に広がっている。
こんな感じで記憶界は現れる。
呆然としているハナにオレ様はあっさりと言った。
「らんの家だよ。戻ったんだ」
「……ねぇ、中村玄、今のなんだったの!?」
「さっきも言っただろ、記憶界だよ。ここもそう。らんの記憶の世界」
「記憶って……覚えてるとか忘れたとか…あの記憶?」
「まあね」
「これって、らんさんの心の世界なの?」
ああ、めんどくさい。イライラしてきた。
こういうことは言葉じゃ説明不可能だ。
「ちがう」
「だって、記憶の世界なんでしょ?」
超ムカつくんですけど。
「記憶が心の世界って、だれが決めたんだよ」
「だってそうでしょ? 記憶って心の中の話でしょ?」
オレ様の目が凶暴に光るのを感じる。
「記憶界は実在するんだ!」
そう言って、ハナのおなかをくすぐった。
「キャッ! やめて、くすぐったい!」
「ほら。くすぐればくすぐったいし、無茶すればケガするし、死んじゃうこともある。それが記憶界なんだ」
「わかった、わかったからくすぐるのはやめて!」
オレ様がくすぐるのをやめると、ハナは大きく息を吐いた。
「でも、こうして時をさかのぼって、過去の記憶へやってくることができるなんて夢みたいだわ。中村玄というタイムマシンに乗って時間の旅をしているのね」
ったくもう……
「今、過去の記憶と言ったな」
「うん。言ったよ」
「タイムマシンとか時間の旅とか、へんにロマンチックなスパイスを振りかけて言ったな」
「はい申し上げましたけど、それが何か?」
「まず、それが大きな間違いだ」
「は?」
「過去と記憶はまったくの別物だ。しかも、記憶界は現在だ」
過去というのは、〈時〉だ。
現在、未来というのも、〈時〉。
そして記憶界は、現在という〈時〉のすぐ横に、並行して実在する。
〈時〉は、おそらく、人類史上最大の発明だろう。
だが、時の発明によって、人は時にしばられ、時の流れに乗ってしか生きることができない生き物になってしまった。
人は時の流れに逆らって過去へ戻ることも、未来へ跳ぶこともできなくなってしまった。
不可能だ。
なぜなら、人は時を発明する時に、そのようなものとして時を規定してしまったからだ。
しかし、オレ様=記憶パンダには時という考え方がない。
人と違って、時にしばられて生きるような不自由をオレ様は好まない。
オレ様は時間を気にしない。
オレ様は時を超越している。
オレ様には、いつも現在しかない。
よって、現在しかないオレ様が行くところはすべて現在であり、逆に、現在でさえあればオレ様はそこに存在することができる。
今いるここは、オレ様が飛び込んだ記憶界であり、オレ様がいるなら現在なのだ。
ね、簡単な理屈だろ。
さあ、これで時と記憶はまったく別物だということがわかっただろ。
時は変えられない。
古今東西のSF作家がタイムパラドックスものを書いてきた。
タイムマシンで過去や未来に行って、石ころ一つ踏んだだけで、現在や未来は大きく変化するっていうだろ。
そのように、時というものは融通のきかない頑固なものなんだ。
そんな「時」というものに人間は縛られている。
哀しいよね。
不自由だよね。
ところが、記憶は自由だ。
何が自由かというと、色々あるけど、一つだけあげるとこれに尽きる。
あなた、自分の記憶を変えるでしょ。
美化したり、都合よく、変えるでしょ。
つまり。
記憶は変えることができる。
そういうことなんだ。
厳格で融通のきかない、時。
と違って、
記憶の主が変えることを前提にして存在するのが記憶界なんだ。
そういうわけで、扉を開けて三丁目のコンビニへ行くのと同じように、オレ様はシッポを振りながら無数の扉のどれかを選んで、おのぞみの記憶界に楽々入っていけるというわけなのだ。
わかるよね?
そのとき、
「中村玄…?」
らんが庭を見てつぶやいた。
しばらく考えた後、少女のような歓声を上げた。
「来てくれたのね。本当に、助けに来てくれた……」
やった。
らんが思い出してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます