第44話 不審者の増殖

「アパートの住民たちが署名活動をしているらしいよ。立退たちのき後の住処すみかについて、市に対してさらに要求するんだって。またあそこに集合住宅を建てて安く住みつこうというつもりらしいの」

 母は心配そうに私に言った。

「どうなるのかな。別にあそこじゃなくても、お金さえ渡せばどこにでも住めるのにね」

「それが、あの辺の住民は結構多いでしょう。だから署名が案外たくさん集まってるみたいなのよ。不審者が不審な名前を書いてるだけなのにね。しかも市と住民の間に市議会議員が入ってきているみたい。違う辻褄の議員たちだと思うんだけどね」

「議員が出て来ると不審者は本物の法定不審者として権利を要求してくるわね、きっと」

 私はスマホを眺めながら、いまだポツポツと流れる私の情報を確認しながら答えた。

「もっと根本的な辻褄をつけて早めに追い出しておけばよかったのよ」

 母は次第に感情的に話し始めた。

「先日の公園での事件もきっとそうだと思うの。お父さん、つまりは私とあなたの夫だった人の事件もあの人たちの想像だと思う。想像の権利、創造と感情の人権を訴えてくるに違いないわ」

「なるほどね。夫がいなくなったことは私もどうでもいいけど。アパートの人たちが不審者になり、違う辻褄の政党の議員たちが入って来ると面倒なことになるかも知れない」

 そう答えながらもまた私はスマホのなかに垂れ流されている私自身の情報を追っていた。私は外に拡散し続けている私で私を構成しようと考えていた。





(つづく)


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