第40話 夫の浮気
街の騒ぎは収束するどころか広がっていた。「想像の女」が買い物をしている。早朝にはひとりでジョギングをしている。公園のベンチに座り本を読んでいる。そんな話題で持ちきりになっていた。
一方、アパート周辺では「想像の男」が区画整理推進の署名を集めている。この辺りを整備、美化し新たな集合住宅の建設を求め、その賛同者を
「市がね、ここを
弟が以前より調子よく話す。
「そうなんだ。当然といえば当然だよ」
「出ていけだけでは、どうにもならないものね」
母も言う。
「家賃や引っ越し代の補助もあるらしいよ」
「それなら助かるわ。この近くなら職場にも近いし」
男は雑誌をぱらぱらとめくりながら黙って会話を聞いている。
「いつも明るいよね、元気な感じ」
想像の女に宮沢が話し掛けているようだ。
「そうでもないよ。これでも悩みぐらいあるよ」
女も実際、明るく答えている。二人が何を話しているのかはよく聞き取れないが、楽しそうに話し、私に声をかけることなく二人は昼食をとりに食堂の方へと歩いて行った。
想像の人物を作り上げてから、私に話し掛けるものもめっきり減ったし、外に拡散した私も姿を消し始めたような気がする。家でも、アパートでも会話の中心は、想像の女であり想像の男になった。
「
そんな日々が続くなか、夫が浮気していることを母からそれとなく聞いた。相手は私の想像の女であった。これでは辻褄が合わない。その女は夫に相応しくない。私はそう思った。
「あなた、あの女はダメよ。全然あなたに似合わない」
私は夫に面とむかって話した。しかし夫は頑として聞こうとしなかった。せめて相手を変えてくれといっても無駄であった。私はアパートへ行き弟に話したが、世間知らずの弟は「どこかの相談所かなんかに話してみたら」と他人事のように答えるだけだった。
「どうしたの?」
俺と弟の話を聞いていた想像の男が口を挟んだ。
「実は夫が浮気をしてるらしんだよ」
男は少し考えて弟に言った。
「睡眠薬を処方されていたよな。あとやさしい薬。少し分けてよ」
「別にいいけど」
弟は薬を数錠男に手渡し「俺も行くよ」と立ち上がり上着をハンガーから外した。
私と弟、そして想像の男は家に向かった。
私はそっと夫のコーヒーに睡眠薬とやさしい薬を入れスプーンでかき混ぜた。
「ありがとう」と夫は父であったころと変わらない様子でコーヒーを受け取り飲んだ。夫はすぐに眠気を感じたようで、ソファーで寝息を立て始めた。私は夫の目が悪くなっていると感じていたし、それが浮気の原因でもあると思っていたので、
夫は痛みで暴れた。そのため弟が力任せに腕をねじ曲げた。
「こういうときは調理して形を整えるしかないな」と想像の男はキッチンへ向かった。すぐに料理に使う包丁を持って想像の女が戻ってきて、夫を何度も刺した。
夫は息絶え血と体液を吹きだしていた。
「ぐちゃぐちゃじゃないか」
弟が呟く。
「仕方がない。公園の老木にロープを
そういって公園まで運びロープを木に括り付け夫のあごにかけてぶら下げた。
「ついでだからあの女も、相手なんだからぶら下げようか」
弟が言う。
「そうね」と私が答えると、弟と想像の女は私にロープをかけた。
(つづく)
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