第38話 分節し分界し始めた世界の予告

「この前の話しだけど、区画整理について母さんは何ていってた」

「やっぱり困るって。突然ここから立退たちのけ、だもんな」

 弟は体を起し、珍しくテレビのスイッチを切った。自分も生活に窮することを恐れているようだ。

「俺もいまは体調のことがあって仕事をしていないし、いまここから出ていけと言われても住むところがなくなっては困るよ」

 そう言って胡座あぐらを組む弟の背中を眺めながら続けた。

「最近、またこの辺に不審者が出たって、みんなが言ってるぞ。電柱や塀に「不審者出没」なんて張り紙が貼ってある」

「そうらしいね。いつものことだよ。街の方で何かあると、住民の眼をそらすためにこっちでもっと大きな何かがあるように言い出す。いつものことだ」

「不審といえばみんな不審だもんな、街の奴らも。しかしその不審者が覚醒者の可能性もあるらしいぞ」

 そう言うと弟は咄嗟とっさに振り返った。

「覚醒者。それじゃあダメだ。まさか兄ちゃんが疑われてるんじゃないか。想像のことで」

「そんな分けはないだろう。想像で兄貴になった分けじゃない。現実にお前の兄貴になったんだぞ。疑われるいわれはないだろう」

「でもどう理解されているか分からないよ」

 弟は俺の想像を心配しているようだ。しかし想像を止める分けにはいかない。得体の知れない鏡の撹乱かくらんから逃げ出すには、自分で自分の鏡を想像しなければならない。そうしなければならない。


 俺は話しを一旦止めてトイレに立ち、ふと鏡を見た。そこにはまったくの別人が映っていた。それは紛れもなく俺にとって不審者であった。

「お前は誰だ」

「お前だよ」


 別に世界があるのか。そういぶかった。以前であれば鏡には、私ではない私が映し出されたはずだ。それがいまは全くの見知らぬ人物が映っている。俺の想像が辻褄の範囲を超えたのかも知れない。俺の想像で世界が分解し始めたのかも知れない。そう思った。





(つづく)


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