第34話 講習のあと

 もはやどんなものでも構わない。辻褄が欲しい。私の辻褄が欲しい。そう思った。

 講習の詳しい内容は理解できなかったが、辻褄が必要なことは分かった。それがなければ不安で仕方がない。これは私自身のいまの状況から考えても実感できる。私は歪んでいる。社会も歪んでいるに違いない。正しさを求める辻褄でなくていい。そんなものは何の役にも立たない。下手に正しさなどを求めたらまた歪む。自分も世界も壊れてしまう。嘘でもこの社会、そしてその中でしか生活できない私にとっての辻褄であればいいはずだ。それが偏見まみれのものでもいい。所詮、偏見こそ、そのときそのときに、自分に、あるいは社会に都合をつける辻褄じゃないか。歴史、世界の知そのものではないか。それが私の属性、社会の属性を、辻褄に合わせて作り上げてくれる。私は偏見に落ち着きたい。私は私の世界の中で安堵したいのだ。他の世界ではない。


 一方で人間の野性という講師の言葉が頭を廻ってもいた。これそのものには何ら辻褄はないようだ。社会の辻褄との関係で便宜的に存在の合理性を持たされているに過ぎない。無理矢理意味付けされているに過ぎない。

 しかしここにこそ、あの恐ろしい心の奥底への通路がある気もしていた。だがきっとそこにもまた鏡があるような感じも抱いた。とても強固な鏡があるような気がしていた。


 どれほど心だ意識だのとのたうち回っても、死なない限りは身体の桎梏しっこくから逃れられないだろう。その身体と心がつながる唯一の場が人間の野性らしい。殻ではない私だ。私の感情はどこにある。どっちを向いている。欲は情は。説明なんかいらない。自分で辻褄をつければすむことだ。私はそう思った。




(つづく)


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