第29話 先輩と……。 2



 次は予想通りに今日の学校の場面だった。


 でも、それは今日の学校であって今日の学校じゃない……だって先輩はやっぱりいないから。


 朝から浮かれることなくいつも通り学校に登校して、席に座って後ろに振り向いたコトと駄弁る。


 そして朝練が終わったトラとメガネのキシくんもやってきて、賑やかにおしゃべりしてヒカリンが来たらホームルームで一時間目の授業。


 先輩に振り回されることもなくて本当に何でもない、先輩が目覚める前のあたしの日常。


 でも今のあたしは、そんな当たり前だった普通の日常がたまらなく怖く感じる。


 先輩がいないのが寂しい、辛い、恐ろしい。


 けれど、夢はここで終わるはず。


 まだ起きてからの先輩との想い出はここまでで、これからもっと増やしていくんだから!


 うんっ! なんだかそう思えば、さっきまでの夢なんて怖くなくなってきた! 


 夢はあくまで夢で、目覚めればまた、先輩とたくさん過ごしていくんだから! 


 ——ねっ! そうですよね先輩っ!


 気が付いたら先輩が目の前にいて、あたしは自然と笑いかけてた、ん……だけど……。


 あれ? ここどこ? もしかしてまだ夢?


 ——……先輩?


 そして目の間にいる先輩はどうしてか悲しそうな顔をしてて、あたしが声をかけたのにいつもの「ん?」って返しもなくて。


 あたしの頬とおでこに触れたと思ったらまっすぐに目を見てきて。


「——俺は君を愛してる」


 そんなことを言ってきた。


 ——ふぇっ⁉


 も、もうっ……夢でまであたしのこと悶絶させてきて……って、先輩?


 いつもならかぁっと熱くなって真っ赤な顔であらふたするあたしを穏やかに見つめてくるのに、今の目の前にいる先輩は儚げに微笑んでくるりと振り返った。


 そうして歩き出したその先はあたしの知らないどこかで……。


 ——お~い! 先輩、どこ行くんですか~?


 大きく声をかけて先輩についていこうとあたしも歩き出したのに……。


 ——ねぇ~! 待ってくださいよ~!


 先輩との距離は縮まるどころか遠くなるばかり……。


 ——先輩っ! ねぇ待ってっ! ねぇってばっ!


 あたしが走り出してもそれは変わらないで……。


 ——やだ、待って行かないでっ! 戻ってきてよっ!


 そうして先輩は最後まで振り返ることもなく……。


 ————————先輩っ!


 ————。


 ——。


「せん、ぱい……」


 今度こそ、夢じゃない感覚。


 寝転がり慣れた感触がしてたぶんここはあたしの部屋で、ゆっくりと目を開けると誰かの輪郭が見えた。


 この気配は絶対に先輩。ぼんやりとしか見えなくっても分かる、特にあんな夢を見た後ならなおさら。


 でも、やっぱりぼんやりとじゃなくてしっかりと見たい。今は無性に先輩を感じたい。


 そう思って、徐々に鮮明になっていく視界にじれったく思ってるとやっと先輩の顔が見えてきて——。


「——いやっ‼」


 だけどその表情が見えた瞬間、あたしは先輩を突き飛ばしてた。


 だって、見えた先輩の表情は夢で見たのと同じような今にも消えてしまいそうな悲し気な顔をしてて、こうしなきゃいけないと思った。


 そしてそれは間違ってなかったのだと確信する。この頭にかかった靄みたいな違和感はきっと先輩があたしに何かしてたから、そんなのあたしに尻もちをついて唖然としてる先輩を見ればわかる。


 さっきの先輩の表情と、夢でみた先輩の表情はほとんど同じで……つまり先輩はあたしに内緒でどこかに行こうとしてたんだ。


 事実、立てかけてある姿見の先にはあたしの知らないどこかが写ってるし。


 さっきの夢はただの夢じゃなかったんだね。あれはきっと予知夢。


 今、あたしが起きなかったらきっと現実で起きていたことで、あたしは先輩に置いてかれていて……いや、もしかしたらその前の先輩のいない生活を送り直してたのかもしれない。


 そう思い至ったあたしは悲しくて、とても悲しくて……同時に心の底から怒りが湧いてきて——。


「……先輩、今、何しようとしてたんです?」


 自分でも信じられないくらいドスの効いた声が出た。



 ■■



 驚いた……姫野に突き飛ばされたこともそうだけど……いや、突き飛ばされるのは当たり前か……それよりも、姫野が<ロストメモリー>を弾き返してきたことに、だ。


 けれども同時に自分が情けなくも感じる。


 なぜならいつもの俺だったら最悪の事態を考え姫野が起きないようにしたはずだから。


 なのにそれをしなかったのは、きっと心のどこかで甘えて、姫野に俺のことを忘れてほしくないと思ってしまったからだ。


 ……本当に情けない。


「……先輩、今、何しようとしてたんです?」


 その今まで聞いたことのない姫野の声には強い怒気が孕んでいた。


「姫野……いや……」


 言えない、言えるわけない……姫野から俺の存在を消そうとしたなんて、それはきっと姫野に対する裏切りだから。

 

 そんな自分に嫌悪して、姫野の顔が見てられなくて思わず視線をそらそうとしたけれど。


 姫野はそれを許してくれなかった。


「答えてくださいっ!」


 顔を引き戻されたと思ったら、至近距離で俺を睨みつけてくる。


 その瞳は絶対に俺を逃がさないと語ってるようで……。


 きっと俺がしようとしたことを知ったら、姫野は俺のことを嫌うかもしれない。それはたまらなく恐ろしいと思うけど……でも、それでもいいのかもしれないな。


「……分かった」


 そうして俺はとつとつと自分がしようとしたことを伝える。


 姫野から俺の記憶を消そうとしたこと、その後この世界の時間を巻き戻して俺が起きる前に戻そうとしたこと、俺は異世界に戻って、もう日本に帰ってくるつもりは無いこと。


 話していくうちに何度も逃げ出したくなったけど、そんなの恥の上塗りになるだけで。


 最後まで聞いた姫野は唇を引き結び悲痛そうな顔をして……そんな顔させてしまった自分がもっともっと情けなく思う。


「……どうして、そんなこと」


 ——覚悟を決めよう。


「……俺は異世界に行って変わってしまった。今の俺は手を振るうことで相手の身体や命を脅かすことが分かっていても、必要なことだから……と、それだけの理由でためらいなく手を動かせてしまう」


 ——きっと俺がすべてを言い終わった後、姫野は俺に失望してしまうから。


「考えることはリスクとリターンだけで、それを天秤にかけて倫理的な抵抗は度外視して物事を考える時がある。人だってそう、まずは自分の味方なのか敵なのか、これから先で自分にどれだけの利益をもたらしてくれるのか、まずはそう考えてしまう」


 ——そうしたらこの特別な関係は終わってしまうけど。


「実際にそうして人を傷つけたことだってあるし、今思えば他にも日本人なら忌避感を抱く行為をしたこともある。そんな俺のこの手は汚れてて、俺が姫野のことを好きでいる資格があるのか疑問に思ってしまった」


 ——でも、それでいいはずだ……。


「それにきっとこんな変わり果てた俺といると姫野のことまで汚してしまう。姫野の平穏な日々を壊してしまうから、それは今日学校での姫野や周りの人の様子を見て確信した。あそこは俺がいてはいけない明るい場所で」


 俺は姫野の目をまっすぐ見て今の気持ちを伝える。


「この世界に俺の居場所は無い。だから——」


 別れようという言葉は肩を震わせて抱き着いてきた姫野に遮られて出てこなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます