Third Memory 先輩と願い

第28話 先輩と……。

 


「あらちょっとっ! もしかしてユナちゃんのカレシ⁉ もうさっきの聞いたわよ、『大好きだ~!』なんて青春ね~、ユナちゃん可愛いから大事にしないとダメよ?」


 どうやらさっきのは、ちゃんと世界中に届いていたようだ。


「えぇ、もちろん。そんなことは当たり前のことだろう」


「あらもう、当たり前だなんて~! なんだかこっちが恥ずかしくなってくるわね~! わたしも今夜頑張っちゃおうかしら~!」


 何を頑張るのかは知らないが、姫野の近所のおばさんに愛想笑いをしつつ姫野の家の玄関の前に立つ。


 姫野を落とさないよう、最新の注意を払って<サイコキネシス>の魔法を使って玄関のドアを開けて、そしてそのまま姫野の部屋に入ればふわっといい香りが漂ってきた。


 姫野の家には二十年前に一度だけ来たことがあるから姫野の部屋の位置は朧気ながら覚えてる。


 部屋はカーテンや壁紙など薄いピンクで統一されていて、全身が写る大きな鏡やファッション雑誌が飾ってある雑誌ラックとかもあり、オシャレ好きの姫野っぽい感じがする。


 きっとあの衣装タンスにはたくさんの服が入っていることだろう。


 それに衣装掛には先日デートで俺が選んだ服がかけられてて、すごく嬉しく思う。


 そんな感想を抱きつつ、横抱きに抱えた姫野をそっとベッドの上に降ろして一息ついた。


「なんだか、落ち着かないな」


 俺は今、倒れた姫野を寝かせるために部屋に来ている。


 本当は午後の授業も受けるはずだったが、七瀬に。


『今日はもうユナは帰らせた方がいいわ。たぶんもう今日一日はこの騒動続くからユナは授業どころじゃなくなるだろうし、本当は保健室で寝るのがいいんでしょうけどこのガッコの養護教諭、ちょっとヤバいから……ってことであんたがユナを送ってきなさい。カギはここにあるから』


 と、言われてやってきた。


 他にも『ただし! ユナママがいないからってユナに変なことしたら許さないからね!』って、言われたけど、変なこと、というのはなんなのかよくわからないが、まぁもしもそんなことする奴がいれば死ぬよりひどい目にあってもらうことになるだろう。


「……いや、この考えはよくない」


 軽く首を振って視線を落とせば、目を瞑って眠る姫野の姿。


 サラサラの髪に細く白い腕、眩しい太もも。


 その無防備な姿にすごく庇護欲を掻き立てられて、すごく愛おしく感じる。


 それに姫野のいいところはその外見だけじゃないことを今日一日でさらに実感した。


 姫野の周りにいる人たちはみんな笑顔で、その中心にいる姫野ももちろん笑顔で、姫野は皆に愛されてて必要とされて楽しそうだった。


 ……だからこそ先ほど思ったことが頭にちらついて離れない。


『——俺は、姫野の恋人に相応しくない』


 学校からここに来るまで、ずっとそのことだけを考えてる。


 七瀬にこれを言えば姫野が悲しむことになる、と言われたから姫野に言うことは無いだろうが……しかし、だからといってこのままでいいはずがない。


 俺の手は、足は、身体は汚れてて。


 そんな俺が触れてしまえば汚してしまうかもしれない……いや、かもじゃない。


 必ず汚す、そして今までの姫野の日常を壊してしまう。



 ——そんなこと許されるわけないじゃないか。



「戻ろう、あの世界に」


 俺の居場所はここじゃない、ここにいてはいけない。


 幸いこの部屋には<ゲート>になりうる大きさの鏡があることだし、あの世界の座標も記憶してる。戻ることは今の俺なら容易だ。


「戻ったら日本の座標の記憶は消そう」


 きっと残ってまた帰りたくなってしまう。俺は強い人間じゃないから行ける方法が残っていればその欲に負けてしまう。


 未練を断ち切るためには必要なこと。


 鏡に片手を当てもう片方の手で指を鳴らせば、鏡の鏡面が歪み、ここではないどこかが写し出される。座標と座標を繋ぐ<ゲート>の魔法だ。


「あとは……」


 そっと眠る姫野に近づいて、軽く頬に触れる。


 きっとこれが最後になるから。


 姫野の俺がこの世界に帰ってきて姫野と過ごした記憶は消しておこうと思う、そうすれば俺がいなくなっても悲しむことはない。ついでにこの世界の時間を俺が起きる前に戻せばすべて元通りだ。


「ありがとう、姫野」


 前髪を軽く横に払って姫野の額に人差し指を付ける。


「最後だから改めて、俺は姫野が——」


 いや、これはもう適切じゃない気がする。こっちに帰ってきたのはたった数日だったけど、それでもこの気持ちはさらに強くなった、だから。


「——俺は君を愛してる」


 ———じゃあね……<ロストメモリー>。



 ■■



 あたしは今、夢を見てる……たぶん。


 いや、夢であってくれなきゃ困る、だってこんな悲しいことが起きるはずないもん。


 その夢はただただ先輩がいない夢。


 コトに緩く手を振ったあたしは二年間眠る先輩のお見舞いに行って、そこでいつも通り寝ている先輩を眺めて時間になったら帰るだけ。



 ——俺は、姫野が好きだ。



 そう言ってもらった出来事は無くなってて、先輩も目覚めることは無くて、あたしと先輩の関係は曖昧なまま。


 そのまま何事もなく家に帰って、視界がブラックアウト……次に見たのは初デートをしたショッピングモールだった。


 ううん、それは初デートでも何でもない。


 ただ何となく新しい服を欲しいと思ったあたしが一人で行って、たまたま入ったショップにあたし好みのニットワンピースを見つけて買って。


 途中で迷子の女の子を見つけたから、普通に宥めて一緒にお母さんを探してあげて、見つけた時にはいい時間になってたからそのまま一人で帰る。


 そこにはあたしがいつも以上に気合を入れてオシャレをすることも、先輩が鎧を着てくることも、服を選んでくれることも、不思議なミサンガを追いかけてサキちゃんと仲良くなることもなくて。


 なんの刺激もなく、面白みもなく、先輩もいない、つまらない、ないない尽くめの虚無の時間。


 ……こんなの辛い、もう見たくない! 早く起きてあたしっ‼


 そう願っても、叶うことはなく夢は続いていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます