第26話 先輩とイツメン 3

 


 俺は真っ直ぐに岸優太の前に立つ。


 俺が今、ここにいるのは一から百まで姫野を想い続けた結果。


 だから誰よりも俺は姫野のことを想っているし、それは誰にも負けられない、負けてはならない、それだけは譲れない。


 そうじゃなきゃ、異世界で過ごした二十年を、今ここにいる俺自身を否定することになるから。


「俺の姫野に対する気持ちが足りない? そんなことはありえない」


「っ……! いいや、足りない! 声が小さい! さっきのじゃせいぜい伝わるのは目の前の人のみ! そんなのじゃ程度が知れるというもの!」


 岸優太よりも俺の方が幾分か身長が高いため間近に立てば自然と俺が見下す構図になる。


 一瞬、岸優太は俺に怯んだ様子を見せたものの、その場にとどまった。


 そして岸優太の言い分だが……そういう見方もあるのか?


 俺は姫野にだけ伝わればそれでいいと思っていたが……それは間違っていた?


 異世界では貴族などは婚約を結んだり結婚したりすれば対外に知らせるためにお披露目などをする必要があったが、もしかしたらこっちの世界では恋仲になったらそういう事が必要なのかもしれないな。


 と、そんなことを考えていると。


「ちなみに、私は――」


 そう言って突然に岸優太が身体を反転させて外を向くと、大きく息を吸って。



「――姫ぇぇぇぇええ! 我が一生の忠誠をここに誓いますぞぉぉぉぉおおお!!」



 ぞおぉー……ぞおぉー……ぞおぉー……。


 外に向かって大声で叫んだ。


「今日も絶好調! ここで毎日一回こうしてる! 最近は学校の外にも聞こえるようになったようでな、これならこの街に私の忠誠が轟くのも時間の問題かもしれん!」


「あぁ……これ、あんたがやってたの……」


「お前こんな馬鹿なことしてたのか……しかも毎日」


 七瀬琴葉と神崎大河は呆れたような顔をしてるが岸優太はどこか誇らしげだ。


 実力は足りないが岸優太は案外騎士に向いてるのかもしれない。


 さっきの叫びには確かに気持ちがこもっててその忠誠心は本物だった、従者としてとても良い。


 だけれど——。


「ふん、思い知ったか長谷川陽詩! さっきのお前とは違うんだ! これに懲りたら今すぐに姫と別れてもらおうか」


「……余裕だな」


「はぁ?」


「お前がこの街全体に伝えるというのなら、俺はこの世界に……いいや、世界を超えて異世界まで伝え届けられる」


 それくらい俺と岸優太の想いの丈は違う。


「こ、誇張が過ぎるぞ長谷川! そこまで言うならやって見せてもらおうか! もしできなければ直ぐにでも姫とは別れろ!」


「ちょっとキシ! あんた勝手に何言って——」


「いいだろう」


「長谷川まで! 何言ってるのよ⁉」


「七瀬琴葉、問題ないよ。さっき言ったことは誇張でも何でもない純然たる事実だから。ただし、ここにいる三人全員、意識をうまく保つように。俺の姫野に対する想いの重さに押しつぶされると倒れるぞ」


「いや、だから何言ってるのよっ⁉」


 忠告はした。


 七瀬琴葉の声は無視しし、軽く目を閉じて俺は意識を集中させる。


 やることは簡単だ。姫野に対する想いを、姫野だけでなく周りにも伝える。


 つまり姫野が好きだということを周囲に向ければいい、そうしてそれを言葉に乗せて思いっきり叫ぶ。


 少しずるかもしれないが、魔法も使わせてもらおう。


 この世界だけならまだしも、流石に世界をまたいで伝えるのは素の状態では無理があるし、それに姫野とのこれからがかかってるんだから出し惜しみはできない。


 ただし、周囲には気づかれないようにだけは注意する。


 そうして準備を整えた俺は大きく息を吸って——。



 ■■



「はぁー、先輩マジでどこ行った……」


 もうすぐ昼休みが始まって半分くらい経ちそうなのに、あたしはまだ先輩を見つけられてない。


 最初はトイレかなーって思ってたけど、いっくら待っても帰ってこないし。


 でも、先輩がどこかに行くとは思えないし、またどこかでトラブってる?


 それとも、もしかしてまた異世界に召喚されたなんて……。


「あっ、そうだ電話!」


 ……は、だめか。そう言えば先輩のスマホ世紀末だった。


「もーう! こんな時にっ!」


「おや? ユナっち、荒れてるっすねー。どうしたっすか?」


 少し焦りが出てきたあたしの前をミクちゃんが通りかかった。


 あっ! そうだよ、こんな時こそ情報屋! ミクちゃんならきっと先輩の居場所を知ってるに違いない!


「ミクちゃん! 聞きたいことあるんだけど、先輩がどこにいるか知らない?」


「もちろん知ってるっすよー、なんてったって長谷川陽詩は今一番の注目株っすもん。二年間の昏睡、あの姫野優凪のカレシ、スーパーオニリン降臨事件と話題にかかせないっす!」


 ま、まぁそうだよね……もう、先輩が注目されるのはしょうがないよ、うん。

 

 でも今はそれが好都合。


「それじゃあ、先輩の居場所を教えて! もしかしたらトラブってるかも……」


「ユナっちは長谷川陽詩にご執着と……まぁ、朝に結構いじりすぎちゃったっすからね、いいっすよ。長谷川陽詩は今――」


 ミクちゃんが先輩の居場所を教えてくれようとしたその時。



 ——俺は姫野優凪が大好きだぁぁぁぁーーーっ‼



 突然、軽く建物が揺れるくらいの空気のビリビリするような激震と共にそんな先輩の世界中に響くんじゃないかと思えるほど大きな声が聞こえてきて……。


 その場にいた誰もが何事かと一瞬の膠着の後、あたしの方に視線を向けてくる。


「ぷっ……あははっ! あはははっ! も~すっごい愛されてるっすねユナっち~、昼休みにこんな大声で告白って……ただでさえ話題に欠かせないのに、長谷川陽詩……ヒナタっちは最高っす! 面白すぎっ!」


 目の前でお腹を抱えて笑うミクちゃんを見て、事態を飲み込めてなったあたしにも今、何が起きたのか分かってきて……。


「——っ⁉ せ、せせせ……先輩何やってるのぉぉぉーーーっ⁉」


 急激にこみ上げてくる熱を無視して一目散に駆け出した。


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