第25話 先輩とイツメン 2



 たらりと、知らず知らずうちに冷や汗が垂れていた。


 姫野からカンの鋭い子というのは聞いてたけど、まさかここまでとは……これ、今最大のピンチじゃないか? 異世界で超えたどんな困難よりも困難な気がする。


 かといって正直に異世界に言ってましたなんて言えない。さて、どうしたものか……。


 と、思ってると。


「七瀬、そんなことも分からないとは馬鹿なのか?」


 またしても岸優太がやれやれといった感じに会話に入ってきた。


 今日一日姫野を見てて分かったが空気の読めないやつは総じて話を無茶苦茶にできる。姫野はわざとそう言う行動を俺の為に取ってくれてたがコイツは素でこうな気がするな。


 よし、いいぞメガネ! そのまま有耶無耶にしてしまえ!


「またあんた……で、どういうことよ」


「空白の二年ですることといったら一つだろう。3D2Y、つまり……修行だ」


「あ~……」


 このメガネ、何言ってるんだろうか……?


「きっと血のにじむような過酷な修行をやってきたに違いない! そうだろう?」


「ん? あー、あぁ……まぁ、確かに何度死にかけたかわからないな」

 

 一度は奴隷に落ちかけたし、食べるものが無くて餓死も仕掛けた、決闘大会なんかでは文字通り死闘をしたし、奈落の底に落ちたことだってある。


「やはりな、あの身のこなしは一朝一夕で身につくものではない。その努力は認めよう……が、やはり今すぐ姫とは別れ——むぐっ⁉」


「こいつに聞き返したあたしがバカだったわ……タイガ、こいつ抑えといて」


「あいよ」


「むぅっ⁉ むぅー! むぅー!」


 メガネはここに俺が来てからずっと俺に警戒した目を向けていた神崎大河に抑えられて退場していった。


 いったい何がしたかったんだ? けど、七瀬琴葉の追及の目が幾分か和らいだ気がするな……ナイスだメガネ!


「度々悪いわね。で、本当のところはどうなの? ユナはあー言ってたけど、もしあんたが騙しててヤバいクスリを使ってたとかだったらキシの言う通り今すぐ別れてもらうけど」


「それは無い」


「言い切るわね、それじゃあ何をしてたの?」


 しょうがない、ここは正直に話すとしよう。ただし、異世界関連のことは言わないでだ。ここだけは徹底的に注意を払って。


「そうだな……さっき言ってた修行、に似たようなものかもしれない。俺は——」


 目を瞑れば瞼の裏についているように向こうの世界の情景が思い浮かぶ、今自分が立ってるのがここじゃないみたいに感じる。


 誰かが願った、今よりも少し、ほんの少しだけ悲しみのない世界があったら……と、そんな世界。


 怒号と喧騒が響く戦場、血が噴き出て肉が焼ける臭い、味方の誰かが殺られて敵の誰かを殺る……命が終わる音。


 俺も剣で何度も生き物を切って、魔法を打ち込んで……殺した。


 ふと、思う。


 この世界に戻ってきてそんなことはあっただろうか?


 いや、ない。この世界は平和で、綺麗で。


 ……だけれど、俺の手は血で汚れてる。


 だから未だに魔法を使いそうになって、体が勝手に動いて、今も無意識のうちに索敵をしているのかもしれない。


 ……そんな俺の手で姫野の手を握る資格なんてあるんだろうか?


 それを姫野の親友の七瀬琴葉は感じ取ったんだろうな、だから今こんなことを。


「——俺は、姫野の恋人に相応しくない……」


 そう思い立ったらさっき自分が思ってたことがなんと愚かなことか。


 姫野に拒絶されない限り別れるつもりがないなど……むしろ、別れたほうが。


「はぁ⁉ あんたいきなり何言って——」


「はーーっ! はっはっはっ! やっと思い知ったか! そうだ、お前に姫の恋人など務まるものか! 身の程をわきまえたら即刻別れを告げ——ぐはぁっ⁉」


「タイガ! ちゃんと押さえつけておきなさいよ!」


「悪い、こいつ妙に抜け出すのうまくて」


「獣になど捕まるものか! 姫の騎士の剣の錆にしてやる!」


「言ったなこのオッカケが! お前にナイトなんて立派なものができるか! このタイガ様の餌がお似合いだぜ、ガオゥッ!」


 外野がなにやら騒がしいが俺は今それどころじゃなかった。


 もともと俺の気持ちを伝えられるだけで満足だったんだ、今のこの関係は泡沫でひと時の夢のようなもの、そう思えばこの関係を断つことも……。


 そうだな、七瀬琴葉との話が終わったら姫野に別れを告げて、俺はあの世界に戻ろう。こんな平和な世界に今の俺の力は必要ない……この世界に俺の居場所は——。



「全員うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああいっっ‼」



 と、七瀬琴葉の絶叫が聞こえていったん思考を中断する。


「あんたたち! じゃれ合うなら向こうでやってなさい!」


「「は、はいぃぃぃぃぃっ!」」


 おお、すごい。なかなか良いキックだ。


「あと、長谷川!」


「……ん?」


 なんか、飛び火したんだが……。


「その考えは早まりすぎ! あんたがそんなこと言ったらユナが悲しむ! そんなん許される訳ないじゃない! だから相応しくない、なんて言うな! わかった?」


「だけど——」


「わかった⁉」


「あ、あぁ……」


 さすが親友、こういう強引なところは姫野と似ていて、つい頷いてしまったけど。


 しかし七瀬琴葉の目的は俺と姫野を別れさせることじゃないのか?


 という、俺の疑問は顔に出てたのか。


「不思議そうな顔してるど、あんた勘違いしてるわよ。別にウチは二人の仲を引き裂こうと思ってるわけじゃないの」


「……?」


「まぁ……なんというか、要するに……いや、やっぱりなんでもない」


 煮え切らないな、七瀬琴葉はなんかバツが悪そうな顔してるし。


「とにかく早まるなってこと! ……あぁーもう、これじゃあ何してるのか分からないじゃない、キシのせいでさっきのも結局よく分からなくなっちゃったし」


 あー、確かに。


 すっかり忘れてたけどいつの間にかさっきの質問は有耶無耶になってたな、ナイスだメガネ!


「はぁ……もういいわ、最後にこれだけ聞いておきたいんだけど、あんた本気でユナのこと好きな――」


「好きだ」


 その言葉はスっと出てくる。


 それだけは変わらない、たとえ俺の手が汚れていようとも、いつまでもその想いだけは俺にあり続ける。


「――そっ、ならもうウチがとやかく言う必要は……またなの?」


「ふっ、足りないな長谷川陽詩! お前の姫に対する気持ちはそんなものか、だから今すぐ別れろと言っている!」


「だからあんたは黙って……長谷川陽詩?」


 その時身体が勝手に動いていた。


「それは、聞き捨てならない」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます