Second Memory 先輩と初登校

第16話 先輩と通学路



 この世界に戻ってきてもうすぐ四日が経とうとしてる。


 今日は世間一般では平日で俺は学校に通うらしい。


 二〇年前にも通ってたみたいだが、あまり覚えてない。


 姫野との思い出にそういう場所があったかなって朧気に記憶にあるくらい。


 正直、俺はまだこの日本に帰ってきたってことに実感が湧いていなかったりする。


 こっちの世界では二年みたいだが、俺は二〇年間異世界にいた。


 あの日……俺が姫野に想いを伝えようとした日、いきなり身体から意識を吸い取られたような感覚がして、気が付けば知らないところに立っていて。


 最初はかなり混乱したが、自分の状況を理解して絶望したのをよく覚えてる。


 それでも諦めきれなかった、どうしても姫野に会いたくて……いや、たとえ会えなくとも姫野に想いを——好きだと伝えるために、どんなに絶望しても死ぬような状況に陥ろうとも、生きて……生きて生きて生きて。


 だからこうして戻ってこれて、姫野とまた会えて。


 直接想いを伝えることまでできて、望外の特別な……恋人関係になれたことは今でも奇跡としか思えなくて、だから——。


「あっ! せんぱ~い! おはようございますっ!」


 こうして制服姿の姫野が笑顔で目の前にいることに未だに夢なのではないかと思って。


「んー……<シン>」


「だあぁぁ! ストップです! なにいきなり魔法使ってるんですか!」


「いや、なんか今こうして姫野と会えてるのは実は俺の妄想とかそういうので夢を見てるんじゃないかなって思って覚醒の魔法をね」


 異世界ではこうやって幻術の類を受けてると思ったら目を覚ます魔法の<シン>をすぐにでも使うのが常識なんだけど……姫野はなんだか呆れたような様子で。


 そういえば不用意に魔法使うなって言われてたっけ……でも、もし幻術だったら緊急事態だし。


「はぁー……先輩、手を貸してください」


「はい」


 言われた通り手を出せば姫野は俺の手をギュッと握ってきた。


 急に姫野が近づいてきたのと一緒にふわりとゆるく巻かれて肩上くらいの長さの姫野の髪が揺れて爽やかな柑橘系の香りが流れてくる。いい香りだと思う。


「ほら、こうやって繋げるんですから、夢なわけないじゃないですか、ちゃんと先輩はここにいますよ!」


 そうして微笑んでくれる姫野にすごく安心する自分がいて、それと同時に地に足をついてないような感じもする。


「うーん、でもこうしててもなんていうかフワフワ? というかポワポワ? って感じになるんだけど」


「……? それはあれじゃないですか? なんていうか幸せ〜って感じ?」


 あぁ、なるほど。


 姫野の言葉に今の気持ちがストンと落ち着いたのが分かった。


 異世界ではほとんど感じることのなかった気持ちだからすっかり忘れてたけど。


「幸せか……そうだね、今こうやって姫野といられて、俺はすごく幸せだよ」


 姫野の目を見て今の自分の気持ちをしっかり伝える。


 もう言いそびれて後悔なんてしたくないから、異世界に飛ばされたあの日から伝えたいと思ったことはすぐに伝えることにしてる……んだけど。


「姫野? どうかした?」


 突然手を離したと思ったら姫野はバッ! っと勢いよく後ろを向いた。


「………もぅ、だからそうやっていきなり……反則」


「姫野?」


「な、なんでもないです! それより学校行きましょう、遅れちゃいます!」


 顔を隠すように歩き出した姫野に俺もついてく。


 いきなりどうしたんだろうって思ったけど、耳が真っ赤になってるのを見るに、照れてるんだろう。


 俺はただ言いたいことを伝えただけなのに何処に照れる所があったんだ?


 まぁ、でも照れてる姫野も可愛いからいっか。


 一歩一歩、姫野の隣を歩くことにフワフワした気持ち……幸せを感じながら、しばらく歩いていると、ある程度落ち着いたのか、けれどまだちょっと顔に赤みが残ってる姫野がこちらを向いた。


「そういえば先輩の制服姿、久しぶりすぎてなんだか新鮮ですね」


「ん~、正直あんまり久しぶりって感じがしないな。初めて着た感じがする」


「あー、そっか。先輩あんまり学校のこととか覚えてないでしたっけ? んー……こうかな——よしっ! いい感じ!」


「そうだね……着崩したの良くなかった? 姫野に合わせてみたんだけど……」


 会話しながら姫野が近寄ってきたと思ったら、ワイシャツのボタンやネクタイを姫野に合わせて緩めてたのを器用に直された。


 姫野と比べて見劣りしないように着崩してたんだけど、あんまりよくなかったかもしれないな……ファッションは最近勉強を始めたがまだまだのようだ。


 って思ってると。


「あたしに合わせてくれてたんですか? う、嬉しいです……けど、先輩は制服とかこういうのはきっちり着たほうが似合いますよ!」


 ふむ、俺に似合うか。


 姫野に似合うように考えてたから、そうは考えてなかったな。


「ていうか今のやり取りなんだか新婚さんっぽかったですね!」


「新婚?」


「ほら、よくドラマとかで結婚したてのラブラブ夫婦が玄関とかで『あなた、ネクタイが曲がってますよ』『あぁ、ありがとう。愛してるよ』『もう……あたしもです。いってらしゃい——ちゅっ』みたいのあるじゃないですかーってあたしなに言ってんですかね! あははははっ!」


 姫野の言ってることは良くわからないけど、そのシチュエーションを想像してみれば——。


「悪くないかも」


「え、なにがですか?」


「新婚さんだよ、姫野となら悪くない、むしろいい」


「……っ⁉ そ、それって結婚しようってことです……?」


「そうだね、姫野とならしたいかも」


 結婚という文化は異世界にもあって、よくお見合いだの結婚の申し込みなどが沢山来たけどそんなのは全部断ってきた……が、姫野となら。


 異世界では教会で神父に洗礼してもらい神の祝福を受けて結婚したことになるがこっち世界だとどうなんだっけ? ちょっと覚えてないなぁ、調べてみるか。


 と、俺がこっちの世界の結婚について考えてると、


「ぇ……えっ……えええぇぇぇぇええええええっ⁉⁉」


 隣を歩いてた姫野が立ち止まったと思ったら大きな声で叫んだ。


「どうした?」


「ど、どうしたじゃないですよ! け、けけけ、結婚って……」


「あぁ、教えて欲しいんだけどこっちの世界で結婚ってどうすればできる?」


「そ、それは婚姻届を書いて……って、そうじゃなくて! 先走りすぎですよ先輩! そもそも結婚は男子は十八、女子は十六からです!」


「なら問題ないんじゃない?」


「え……あっ、ほんとだ⁉ あたし十六歳、先輩十八歳じゃんっ! えっ……えっ……でも……」


「うーん……姫野は嫌だった?」


 目をグルグルさせて顔が真っ赤な姫野からはそういう感じはしないけど、もしもそうなら無理強いするつもりなどない。


 潔く引き下がろう。姫野に嫌われるのだけは嫌だからね。


「………嫌じゃ……ないです、すごく……嬉しい。けど、まだ早いと思います、よ? そういうのはもっと先輩と色々なことをしてから……」


「早いかな?」


「はい……」


 そうなのか、異世界では十歳になったら結婚などざらにあったからな。俺らの歳なんてすでに結婚して子供がいてもおかしくない年齢だし。


 でも、ま、姫野がそう言うならそうなんだろう。それならそれでいい。一番大事なのはどんなかたちであれ姫野のそばにいることだから。


「それなら、そのうちだね」


「は、はぃ……って! そのうちって、もうそんなん婚約結んでるみたいじゃん! ……いえ、あたしだって先輩となら全然アリですけど……」


「それより時間大丈夫? 学校とやらは」


「えっ! あっ……やばっ! 先輩やばいです! ダッシュですよ!」


 俺の言葉でスマホの画面を見た姫野は我に返ったと思ったら全力で駆け出した。


 いきなり走ったから捲りあがりそうになる彼女のスカートを軽く風を操って抑えながら思う。


 姫野の楽しそうに笑う姿や、照れた表情、顔を真っ赤にして悶絶してる時や驚いてる時、慌てた時、色々な姫野を見て、俺はこの光景をずっと夢見ていたんだと。だから、


 ——絶対に守ろう、姫野のだけは何が何でも、どんなことが起きても。


 改めて心に誓う。


「せんぱ~い! 早くしないと遅れちゃいますよ~!」


 そう、笑顔で俺に手を振ってくる姫野を見てるとまたフワフワした気持ちになってきて、


「あぁ、俺は今幸せだな」


 この気持ちを大切に噛みしめて行こうと思った。


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