第9話 「視聴者はガッカリするんじゃないか?」
――20xx年、5月。
「クロードには整地をしてもらいたいんですけど、この山を全部掘ってください」
「はぁ!? 目ぇ、見えてる!? この山、だいぶデカいけど!?」
今日は蘭丸とサンドボックスゲーム、『ワールドクラフト』をプレイしている。
『ワークラ』はマップ内にある、ありとあらゆる素材を自由に使って、目的も無く生活するゲームだ。
俺は選択肢の自由過ぎるゲームが結構苦手で、素材を組み上げて凝った建物も作れないし、野菜を育てる畑を作るのも面倒くさい。
大抵はその辺の野生動物を狩って焼肉くらいしか作れず、探索も洞窟1個入れば満足して、すぐに飽きてしまう。
そんな理由があってこのゲームは一度は買ったものの、ライブラリの中で長く埋もれていた。
じゃあ、なんで苦手なゲームをしているかというと、先月デビューした新人2人の仕切りで『ワークラ』内に「えもため村」を興す企画が現在進行形で行われていて、俺と蘭丸は別件であまり手伝いができないから、せめて裏方として空いた時間に手伝いをしている。
「ピッケルとシャベルはこのボックスに沢山入ってるので、壊れる前に交換してください。
それから掘った石とか鉱石とかはこっちのボックスにしまってください」
「蘭丸は何すんの?」
人に山を消す仕事を振るなら、自分もそれなりの苦労をしてもらわなければ釣り合いが取れない。
「私はこの山の向こうからトンネルを掘って、そこからここを通って海まで川を作ります。あ! それなら橋も欲しいですね!」
「あ、うん。ガンバッテ」
蘭丸はワクワクしているが、豆腐建築しかできない俺には蘭丸の頭の中で描かれている景色を微塵も共有できていない。
だからこその脳死山掘りを俺に任せたのか。
流石は蘭丸、俺を分かっている。
それから俺は山頂からひたすらに山を削り続けた。
途中、夜にゾンビに殺されたり、掘った先に足場が無くて落下死したり、掘った先でマグマダイバーになったりと、配信外ながら色々と撮れ高は作れた。
望んでないけど。
「そういえばなんですけど……」
お互いに無言で作業していた中、蘭丸が不意に口を開いた。
「私の話って分かりづらいですかね?」
「は?」
唐突過ぎるお悩み相談に、何一つおもろいリアクションができなかった。
「何? 誰かにキョトンされたの?」
「……ええ。キョトンされました」
「アッハッハッハッ!!」
いつも余裕綽々で人生円滑に歩んでいるように見える蘭丸からこんな言葉が出るとは考えもしなかったから、申し訳ないが笑いが込み上げて仕方がない。
「あー、腹痛い。腹筋が8つに割れる」
笑いの波が収まるまでひとしきり笑い、その間、蘭丸は何も言葉を発さなかった。
そんな蘭丸の様子に相手が相手だったとはいえ、本気で悩んでいるなら流石にちょっとだけ悪い事をしたなという気持ちが芽生えなくもなかった。
「はー……。で? 何があったん? 話くらいは聞くよ?」
「その言葉は笑う前に言ってもらいたかったですね」
「まぁまぁ、気にすんなって! あれか? 若い衆との絡みか?」
「そうですね。ちょっとコミュニケーションにズレを感じる事が多くて……」
「自分基準ばっかで話してっから、そうなるんだよ」
「そんなつもりはないのですが、でも、そうなるんですかね……。
だけど、クロードとはコミュニケーションエラーが少ないですよね。
エラーがあるとすると、私がクロードの話についていけなくなってる時ですけど」
「俺はほら、なんせ博学だもんで」
「クロードの知識量ってどこで培ったものなんですか?
クロード、ゲームしかしてないからニュースとか見てないですよね?」
「いや、失礼! いや間違ってはないから失礼ではないのか!?」
「あはは。もしかしてゲームから学んだんですか?」
「まぁ、ゲームで得た知識も沢山あるけど、雑学は人から教わったな。
あ、何これ? 掘れないブロックあんだけど?」
「あ、掘れないのはタングステンのピッケルを使って下さい」
「これレア鉱石? レア鉱石ゲッツ?」
「ここで取れるのは、カテゴリーの上から3番目くらいです」
「んー、そこそこ!」
「でも貴重は貴重ですよ」
そこそこレアな鉱石を落下死などで失くさないように別のボックスにしまって、俺は山崩しを再開した。
「人から教わったというのは、具体的にはどなたに?」
「いや、めっちゃ聞いてくるやん! どんだけショック受けてんの!?」
「同じ轍を踏まない為にも、広い知識のクロードに教えてもらいたいのです」
知識の説明なんて曖昧なものをちゃんと言語にするのが面倒臭くて煙に巻こうとしていたが、どうやら蘭丸は逃してくれそうにない。
俺は自分の知識の基礎を、そしてあまり認めたくないが、俺の人格も育ててくれた人たちの事を、何年か振りに思い出した。
「俺がインターネットに触れ始めたのが小5の頃。ネットに興味があるって母親に言ったら、親戚の誰かから型落ちのパソコンを貰ってきてくれて、それでMMORPG始めたのが、まぁ、影響デカい」
「そのMMORPGで出会った方から教わったと?」
「そうなんだけど、方っつーか、方々っつーか?
最初は陰キャだからソロでやってたんだけど、イベントで集団クエストがあって、イベント参加を募集していた即席ギルドに期間内だけ参加させてもらって、イベントが終わったら抜けるつもりだったんだけど、みんな気の良い人ばっかりで抜けるのが惜しくなって」
「仲間ができた……」
「仲間……。そうだな。初めての仲間ができたんだ」
蘭丸に仲間と言われ、どうしてだか、あの頃の楽しい気持ちがフッと胸の中に広がった。
「イベントが終わってから正式にギルドを建てて、俺がギルマスになった」
「団長ですか。スゴいですね」
「スゴかねーよ。めちゃめちゃ軽い神輿だよ。
あの頃はまだオンラインゲームにガキがいるのが珍しい時代だったから、うっかり年齢を明かした時から物珍しさでマスコット的にギルマスに祀り上げられてた」
俺はマウスから手を離し、椅子の背もたれに体重を預けて、部屋の白い天井を見上げた。
「ギルドには大学生、社会人、主婦もいたし、受験勉強しない浪人生とかもいたな。
俺は毎日ログインして、メンバーの誰かと冒険してた。
だからかな? 知識の幅が広くなったのは」
「今でも連絡は?」
「いや。メンバー内での個人的な交流はあったのかもしれないけど、俺は無かったな。
ネットリテラシー的なヤツもその人たちから教わって、これ以上の情報は出すなってキツく言われてたから俺はメアドとか教えなかったし、気を遣ってもらって誘いも無かった。
そんで半年くらいは楽しくやってたけど、ギルメンの半分は学生だったし、みんな就職とか実生活の変化でログインが難しくなって、最後にゲーム内最高難度のクエストを最速でクリアする記録を打ち立てて解散になった。
まぁ、その記録も3日で塗り替えられてたけど」
みんなで武器やアイテム、スキルなんかを必死に試行錯誤してようやく打ち立てた記録が三日天下で終わったのは、今では俺の中で笑って話せるエピソードの1つになっている。
当時を思い出して、蘭丸に1つにアドバイス的なものを思い付いた。
「若い衆と円滑な意思疎通を図りたいって言っとったけど、俺から言える事は、蘭丸は変わらなくていいって事だな」
「変わらない、ですか?」
蘭丸は心底不思議そうな声を出していた。
その声が抜けていて、ちょっと吹き出しそうになった。
「もちろん話を分かり易くするのは必要だけど、知識レベルを合わせようとしていつもの調子が崩れると、それはもう蘭丸じゃないだろ?
若い衆だって蘭丸が自分と絡む時にいつもと違っていたら気ぃ遣われてるって気にするかもしれんし、何より蘭丸の視聴者はどう思う」
「私の視聴者……」
「蘭丸が合わせようとして変にへりくだったり、それが最悪、後輩に媚びてるみたいに映ったら、視聴者はガッカリするんじゃないか?」
「……」
蘭丸は何も言わなかったが、俺の言葉を重く受け止めているようだった。
「それから若い衆たちを舐めない方がいい」
「舐める……?」
「舐めるはさすがに言葉の綾だけど、若い衆だって同じ問題を抱えてるんじゃね?
蘭丸さんに気を遣わせてるなぁとか、配信が盛り上がってないなぁとか、そういうのを反省して、蘭丸の言葉を理解する為に勉強とかしてんじゃねぇの。
つか、勉強してくれないと生き残れないっしょ。この世界。
どんな知識レベルの人間が見てくれてるのか分からんのだし」
少なくとも当時の俺はギルメンと同じ話題を共有できるように勉強したし、親しい人とは対等でいたかったから努力をした。
「以前にクロードが言っていた、『対等でこそ戦友』はそこが根源になっているんですね」
「そんなセリフを口にしたヤツいんの?
そいつ主人公かよ!?」
蘭丸はクスクスと笑いながらも、追求はしてこなかった。
「ありがとうございます。少し視界が晴れました」
「まぁ、俺は当たり前の事しか言ってないけどな」
「いいえ、とても助かりました。
それにクロードの過去も少し知れたのは思わぬ副産物でした」
「やかましいわ」
「あ、でも!」
何かを思い付いた蘭丸の声は僅かに弾んでいた。
どうやら悩みはある程度解消されたようで、相談を受けた側からすれば嬉しい変化だったりする。
「どした?」
「もう少し視界をクリアにしたいので、早く山を崩してもらえますか?」
「やかましいわっ!!」
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