第33話 告白(赤坂の)

 次の日。


 赤坂から話を聞いて、俺は密かに緊張していた。授業にも身が入らないし、休み時間も思考はそのことばかり。気晴らしにと始めたスマホゲームも数分で止めてしまった。


 しかし、赤坂は本当にいつも通りで、クラスの彼を応援しつつ面白がるような雰囲気も、そのままだ。彼がどのタイミングで小夜ちゃんを呼び出したのかは分からないが、小夜ちゃんもまた、俺が見る限り特に変わった様子はない。


 やはり、結局の所俺は他人なんだから、二人のことは、二人でしか進まないのだ。そして、それが正しいのである。


 だから俺は、何もせずに……。


「はぁ……」


 それでも、俺の憂鬱と緊張が入り混じったような感情は、収まることは無かった。最早、自分でも自分がどうしたいのか、はっきり分からない。


 そしてとうとう、放課後が来てしまった。


 どこで、告白するんだろう。


 俺はそのことについて、赤坂に何も聞かなかった。無粋だと思ったし、どこかから情報が漏れたらまた面倒なことになると思ったからだ。


「三条さん、今日一緒に帰らない? ファミレスで恋バナしよーよ!」


 すると、クラスの女子が小夜ちゃんに余計なことを言う。一瞬舌打ちしそうになるが、俺はそれを堪えて鞄に教科書をしまった。


「えっと、その、ちょっと、用があるんだ。今日はごめん」


 そう言うと、小夜ちゃんは早々に教室を立ち去る。表情こそ笑顔だったが、彼女の普段教室で見せる様子からすると、ちょっと妙な感じだ。


「赤坂、部活行くぞー!」


 すると、今度は教室の外から赤坂を呼ぶ声がした。テニス部員が一緒に部活に行く為にやってきたのだ。これはまぁ、普段通りのことなのだが……。


「あー、すまん。ちょっと俺、今日は遅れるわ」


 赤坂はテニス部員にそう返事をすると、周りの友達にも「んじゃ、ちょっと野暮用なんで」と、やはり芝居がかった調子で告げた。


 教室から小夜ちゃんと赤坂が同時に、しかも不自然に居なくなったことで、教室は湧いた。


「え、今のどういうこと!?」


「もう付き合ってたとか?」


「もしかして、これから告白するんじゃね?」


「私は二人ってお似合いだと思うなぁ」


 様々な憶測が飛び交い、皆が面白がる。


 あぁ、そうか。


 これが、小夜ちゃんが泣くほど恐れていた場面なのだ。赤坂が振られたことは、きっと本人たちが幾ら隠してもバレる。そして、そのことが皆に知られた場合、一体小夜ちゃんや赤坂はどんな目に晒されるのだろう。

 同じ教室にそんな悪い奴が居るなんて信じたくないことだが、しかし、自分が赤坂や小夜ちゃんの立場だとすると、こんなに恐ろしいことはなかった。


「なんか、とんでもないことになってんな」


 落合はどうでも良さそうに教室の様子を観察する。その変わらない冷めた態度は、俺を酷く安心させてくれた。


「まぁ、ビックニュースなんじゃねぇの。少なくとも、今騒いでる奴らにとっては」


「……幼馴染がスポーツマンの人気者に取られる気分はどうだ?」


 落合は俺の肩に手をポンと置く。


「はっ倒すぞ」


「俺を倒すくらい元気があるんなら、別のことに使ったほうが有意義だと思うぞ?」


 俺が睨むのを鼻で笑って、落合は自分の学生鞄を肩に掛けた。きっと、もう帰るつもりなのだろう。


「……なぁ、落合」


「ん?」


 落合は身体の向きを変えず、こちらをちらと見る。


「俺って、駄目な奴だよな」


「……良い奴だって言って欲しいのか?」


「俺なんかが何やったって、上手くいくはずないよな」


「……あのなぁ」


 深い溜め息をつき、落合は頭をかきながらこちらを向いた。


「そうやって、うだうだ言ってるってことは、何かやりたくてたまらないことがあるんだろ? 俺を無駄話に付き合わせんじゃねぇ。心は決まってるくせに、悩んでるフリすんなよ。面倒臭いカノジョかお前は」


「うぐ……」


 落合の言うことが全て図星で、俺はぐうの音も出ない。


 そうだ。

 ずっと考えるふりをして、逃げていたけれど。


 結局俺は、小夜ちゃんを助けたいんだ。それが単なる自己満足であろうと、どうしても、気持ちは変わってくれないのだ。


「じゃあな」


 落合は黙る俺を再び鼻で笑って教室から出ていってしまった。気付ば、教室内の人は随分減っている。


 助けたい気持ちばかりあっても、俺には何も出来ないというのが現実だ。いっそ帰ってふて寝してしまおうかとも思ったが、連絡通路に人だかりが出来ているのを見て、考えが変わった。


 連絡通路に行ってみると、そこの窓からは、赤坂と小夜ちゃんが中庭で向かい合っているのがよく見えた。


「うっわ、マジで告白シーンじゃん」


「こっちがドキドキしちゃうんだけど」


 窓の前に集まった暇な連中が、ひそひそと会話する。


 恐らく赤坂は、結果を多くの人に見せることで、これ以上面白がったり憶測されたりすることを減らそうと考えたのだろう。確かに、こそこそ告白すると、かえって変に勘繰られそうだ。


「三条さん!」


 そして、赤坂は小夜ちゃんに一歩近づくと、真剣な表情で手を差し伸べる。


「好きです! 付き合ってください!」


 気持ちが良いくらいにはっきりとした、潔い告白だった。逃れようのないストレートさが、赤坂らしい。


 ただ、告白されるのを恐れていた小夜ちゃんが、この言葉をどう受け取るかは、俺にも想像できないことだった。

 周りの奴らも、小夜ちゃんの反応を固唾を呑んで見守っている。


 小夜ちゃんの口が開かれるその一瞬が、スローモーションのように思えた。


「ごめんなさい。私、貴方とは付き合えない」


 そして、小夜ちゃんは、毅然とした態度で赤坂の告白を断った。

 俺の前で見せた涙が嘘だったかのように、はっきりとした返事だった。


「……そっか。ありがとう」


 小夜ちゃんの返事を聞いて、赤坂は脱力し、肩を落とす。そこまでショックを受けている様子が無いのは、無理をしているのか、良くない返事を予感していたのか、どっちだろうか。


「それじゃあ」


 小夜ちゃんは赤坂の反応を少し見てから、その場を立ち去った。


「うん、それじゃ」


 赤坂は何とかそれに返事をして、中庭のベンチに座る。


 小夜ちゃんが完全に場を離れると、テニス部の男子たちがどこからともなく現れ、赤坂を囲む。


「赤坂! 今日は奢るからラーメン行こうぜ! な!」


「三条さんも見る目ねぇよなぁ。こんな良い男捕まえてよぉ」


 まさにワイワイガヤガヤといった様子で、赤坂の周りは唐突に騒がしくなった。俺から見るとあまりにも荒っぽい気がするが、きっとあれが、彼らなりの慰め方なのだろう。


 俺の周りにいた奴らも、イベントは終わりだと言わんばかりに連絡通路からそれぞれの行く先へと歩き出す。


「なんか、ちょっと三条さんの断り方、冷たくなかった?」


「あれだけ美人なんだから、告白断んのも慣れてんじゃねーの?」


「はー、やっぱ住む世界が違うなぁ」


 ……勝手なことばかり言いやがって。


 そうは思いつつも、きっと、俺も小夜ちゃんのことを知らなかったら、似たような感想を抱くだろうと思う。


 結局、俺は何も出来なかった。


 小夜ちゃんは、たった一人でこの問題を乗り越えてしまった。妙な視線を向けられることを恐れず、逃げずに、ちゃんと告白を受けて、正面から返事をしたのだ。


 なんて強いんだ、と思う。

 こんなにも強い小夜ちゃんだから、彼女はずっと俺との約束を守ることが出来ていたのだろう。


 とてもじゃないけど、敵わない。俺が彼女を助けたいだなんて、そんなの全く余計なお世話だったというわけだ。俺に助けを求めた時、彼女はたまたま弱っていただけで、きっと俺が手を貸したら、今よりずっと悪い状況になっていただろう。


「……はぁ」


 勇気を持って告白した赤坂や、覚悟を決めて告白を断った小夜ちゃんに対し、俺は本当にどうしようもない奴である。


 落合の言う通り、俺はうだうだと答えの出ている問題を考え続けて、逃げているばかりだ。そして、仮に逃げなかったとして、俺はさっきみたいに小夜ちゃんが色々言われているのを止める力などない。


 もう、帰ろう。


 俺は溜息をついて、連絡通路から昇降口の方へ向かおうとする。


「……ん?」


 廊下に、何かが落ちているのを見つけた。拾ってみると、それはやけに見覚えのある小さなぬいぐるみだった。


「これ、小夜ちゃんの、だよな……」


 俺と彼女が好きな漫画のマスコットを模った、ぬいぐるみ。確か、彼女のお手製のはずである。頭についている紐が切れていることからも、これを落としたのがほぼ間違いなく小夜ちゃんであることが分かった。


「……届けるか」


 神様に、理由を貰った気がした。


 俺なんかが、小夜ちゃんと会う理由。何かを話す理由。


 小夜ちゃんは中庭から、昇降口の方へは向かわなかった。つまり、まだ学内に居るということだ。


 教室や図書室、自習室に空き教室と、心当たりのある場所を巡る。しかし、小夜ちゃんの姿はどこにも無かった。

 そもそも、小夜ちゃんはどうして家に帰らなかったのだろう。赤坂の告白が終われば放課後の学校に用はないはずだ。それに、どこに告白を見ていた奴が居るか分からないのだから、居辛そうなものだが。


 三十分ほど学校を歩き回っても、小夜ちゃんは見付からなかった。恐らくは、どこかのタイミングで入れ違いになって、彼女はそのまま帰ってしまったのだろう。


 考えてみれば落とし物なんて渡すのは明日でも良いし、何なら教室にある小夜ちゃんのロッカーか机にでも入れておけばそれで解決である。


「わざわざ四階まで来て、何をやっているんだ俺は……」


 あまりの虚しさに独り言を呟きながら、階段を下りようとする。すると、上の方からすすり泣くような声がした。


 まさか、と思い、階段を上がる。


 四階から上だから、この階段は屋上へ続くものだ。漫画やアニメと違って屋上は普段施錠されており、特別な部活でもやってなければ行くことがない。


 そんな、固く閉ざされた扉の前に、小夜ちゃんは座っていた。


「……小夜ちゃん?」


 何でこんなところに。驚いて、俺は思わず声を出してしまう。


「あ……」


 すると、俺の声を聞いて小夜ちゃんは俯いていた顔を上げる。


 彼女は、目を真っ赤にして泣いていた。


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