#20〔円卓会議〕

「昨日のことは覚えておるな?」


大きな円卓を、9人が囲むように座っていた。


『アスタリスク円卓会議場』


アスタリスクの中央に建てられた会議場である。ここでは月に1度、教皇たちによる会議が行われる。

定例会議では何かしらの理由をつけて欠席する者が1、2人いるのが常なのだが、今日は緊急会議にも関わらず9人全員が集合していた。

その理由はもちろん昨日の騒動のことだ。


「当たり前だろう。」


答えたのは他の8人よりも少しばかり筋肉質な男。

リザール教教皇、ルール・ドラン・ナズィ・ダイン。

今回の騒動で最も大きな損害を出した宗派である。


「どのように対処すべきか。」


この場に於ける上下関係は存在しない、となってはいるが、事実上そうはいかない。やはり三大宗教教皇たる3人が最も発言権を有してしまうのは致し方ない。そうなれば必然的に、進行もその3名から出すしかない。円卓会議ではなし崩し的にフランチャルド教のクローチェが担っている。


「決まっておろう!徹底的に叩き潰す!」


ダインの発言にいくつかの同意が聞こえる。


「ならばリザール教だけで対処すれば良いのではないか?我々の損害は極めて少ない。」


発したのは髭を生やした男だ。ダインの発言に真っ向から反論できる者など限られてくる。


三大宗教の1つ、ヴェラルジ教教皇、ディモーレアIV世である。


「正気か?これはアスタリスク全体の問題だ!神に対する冒涜ではないか!」


「我々はそう思っていないと言っているんです。我らの聖地はアスタリスクではありません。神殿内の聖域及びヴェラルジ地区です。リザール教は神官と聖騎士の数が多いのではないのですか?」


これは痛烈な皮肉である。教皇ともあろう者が、昨日の騒動でリザール教の聖騎士団員数がフランチャルド教に抜かれたことを知らないはずがない。


「クッ!」


ダインは憤慨を表情に出すが、一拍おくと、冷静なものへと戻した。


「お前とは話にならん。」


「奇遇ですね。同感です。」


「で、どうする。騎士を出せる者はいないのか?」


「フランチャルドから一般聖騎士団を一団貸し出しましょう。」


その宣言に、ダインは眉を潜める。一般聖騎士団は、最も戦力が低い、謂わば普通の騎士団なのだ。神官長や神殿長、果ては教皇直轄の聖騎士団よりも格段に弱い。


「な、ならば私たちからは神官を十数名ほど出します。」


そんな弱気な声を、クローチェの宣言は増長させた。三大宗教の長がそう言っているのだから、それ以上出す道理はないということだ。


そんな宣言がいくつも飛び交う中、クローチェは気付く。

いつもは饒舌な明教の教皇が、全く言葉を発していなかったからだ。


「ディアラン。どうかしたのか?」


クローチェが問う。ディアランと呼ばれた男は初めて顔を上げた。


「お前たちは、本当に勝てると思っているのか?一般聖騎士団程度で。いや教皇直轄だって無理だ。お前たちは見ていないのか?あの男を。」


「あの男?」


「生き残った者たちの話を聞いていないのか?」


「それが精神状態が良くないとかでまだ聞けていないのだ。そこまで言うのであれば、リザール教最精鋭の教皇直轄聖騎士団を出——」


「そういうレベルじゃない!そういうレベルじゃないんだ。奴の強さは。」


「何!?我が聖騎士団が負けると、そう言いたいのか?」


「その通りだ。1人残らず、な。」


威圧的な態度で問うたにも関わらず、発した答えに変わりはなかった。その事実が、ダインの心を大きく揺らす。


「ではどうやって撃退したというのだ!?報告書によれば我が聖騎士団撃退したとなっておるぞ?」


「………それは本当か?」


「あぁ、そうではないというのか?」


「……正気とは思えないな。あの男を撃退したのは1人の少年だ。どこの宗派なのかはわからんが、あれ以上に強い聖騎士が存在しないのは確かだ。」


「嘘を吐いてまで自分たちの功績にしようとは、根性が腐り切っているのではないか?」


「控えよ。」


クローチェが一旦場を落ち着かせる。


「それは本当なのか?」


「本当だね。あの死闘を見てもなお嘘がつけるとは思えない。恐らくその報告書を書いたのはあの男を見ていない者だろう。あれは幻覚でも幻想でもない。事実だ。そう……我が神に誓ってね。」


『神に誓う。』この言葉の意味は教皇ともなれば相当な重さがある。教皇が神の名の元に嘘をつくなど、あり得ないと言ってもいい。


「………」


一斉に全員が黙り込む。


「ではその男を雇うしかあるまい。どこの教徒か調べておけ。その教皇は共に向かうよう命令を出せ。良いな?」


ダインが提案する。


「却下させてもらう。我がヴェラルジ教の貴重な戦力となり得る。その男がヴェラルジ教徒であった場合は徴兵することは認めない。」


もちろんこう言った手前、ヴェラルジ教に何かあった場合にリザール教の支援は受けられない。他の教皇達が騎士団を貸し出すのは、裏を返せば自分たちのためであるとも言えるのだ。


「それ以外の宗派であった場合は構わないな?」


教皇達が肯く。


「ではそれで決定とする。」


「少し待て。襲撃すべき相手はどこにいるのだ?」


今更ながら当然の質問が飛び込む。


「それならば問題はありません。レイモンド!」


クローチェが呼んだレイモンドという男が出てくる。


「うちの神官長は魅了系のスキルを有しておりましてね。」


レイモンドが運んで来たのは人間だ。黒いローブに身を包んでいる。


「どうやらあちらは陽動で、この暗殺者たちによって私の命が狙われていたようなのです。そしてその捕縛に成功したというわけです。」


魅了チャーム


レイモンドが魔法を発動させる。


「お前の上司はどこにいる?」


「東の森の奥です。かつて魔法国で活動していましたが、追放され、東の森を開拓して教徒だけで村を作っていたのです。」


「今回城壁を破壊した男の名は?」


「ダイブ・ア・ロートです。」


「職業や特徴は?」


「職業は拳闘士です。あと1つあるとも噂されていますが私にはわかりません。筋力が異常なほどにあるのが特徴です。」


「教皇直轄聖騎士団のレベルで勝利は可能か?」


「100パーセント不可能でしょう。」


「なるほど。レイモンド、その男は収容所に戻しておいてくれ。」


「はっ!」


神官長たるレイモンドはすぐに去っていった。


「というわけだそうだ。」


教皇直轄聖騎士団でも無理であるという言葉は、教皇達に重くのしかかった。


「やはり撃退したという男を探すしかあるまい。」


「うむ。では次の議題に移ろう。破壊された城壁のことなのだが——」



ここから約2時間、会議は続いたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染パーティを追放された援護師、フェンリルを拾う〜おまけに1人でも強かったので未踏の迷宮攻略します〜 ギンヌンガガプ @ginnungagapu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ