#13〔侵入者〕

「寒いなぁ。」


石造りの見張り塔。頂上から下を監視する傭兵である男は、今日とて何も起こらない夜にうんざりしていた。


「ここで立ってるだけの仕事なんて、やってらんねぇよなぁ。」


どうやらそれはもう1人の男も同じなようで、辟易した表情を浮かべていた。4つ設置された見張り塔の内、今傭兵が詰めているのは2つ。北塔と南塔に詰めることでアスタリスクに存在する4つの門が全て見渡せるようになっている。ここは南塔で、南門と東門が見渡せる。見渡せるといっても東門は特に小さくしか見えないので、魔法具である〈遠視鏡〉を用いて監視しているのだが、あまりにも夜間に起こるトラブルが少ないことから、詰める塔を1箇所にして〈リモート・ビューイング〉で全ての門を監視することにしないかという嘆願書を上層部に出したところだ。返答は「前向きに検討する」だったので期待値は半々と言ったところだろう。


結論を出すとすれば、塔での監視当番は面倒だというところに収まる。まぁ門の監視当番も同じぐらい面倒であるのだが。


「おい!」


傭兵の片割れ。焦燥しきった声は、男の眠気を飛ばした。


「なんだよ。ったく。」


指の指された方を向く。そこは南門。最も交通量の多い門だ。とはいえこんな深夜に門にいる者など、詰めている傭兵と、精々早く着きすぎた商人ぐらいだろう。


——しかし。それは商人でも、傭兵でもない。


〈遠視鏡〉で見れば、たった1人、しかし数十人分のオーラを纏った男が、門番の傭兵に拳を振りかざしていた。


「教皇様に報告しに行くぞ!」


「あ、あぁ!」


2人は駆け出す。一刻も早く教皇に伝えるべく。


(あぁ、嘆願書は認められないかもなぁ。)


呑気なことを考えながら。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「ここがアスタリスクか。」


アスタリスクを前に、巨岩モノリスは呟く。一見すれば1人で来ているように見えるがそれは違う。十数人からなら暗殺者たちが〈職業スキル:隠密〉を使用して闇に潜んでいるのだ。看破能力を有する者であれば見抜くことも可能かもしれないが、この場合、看破するにはかなり高位の看破能力が必要となるだろう。その理由はもちろんここにいる暗殺者の強さである。


「随分と細い門番だな。」


巨岩モノリスは進む。圧倒的な存在感を孕み、濃厚すぎる殺意を振りまきながら。


「い、今は閉鎖されていますので、もも、もう少しお待ちください。」


恐怖に染まった声色。


「そうか。ならば仕方がない。」


一変して、安堵の表情。



その刹那、門番は振り上げられた拳を発見する。音もなく、いつの間にか門番は自分の胴体を見上げていた。




「1人だけとはな。舐められたものだ。」


巨岩モノリスは蒼く美しい首輪に手を当てる。


「〈飛行フライ〉」


そして巨岩モノリスは浮かび上がる。


この首輪に嵌っている蒼い宝石——アラベルに〈飛行フライ〉の魔法が込められると発見されたのはつい最近。それもあって非常に高価な魔道具である。


十数人の暗殺者は〈隠密〉を解除する。その後取り出したのは太い糸だ。名称は〈半人半蛛アラクネの糸〉。強力な粘着力を有する糸だ。城壁の頂上に向かって糸を放る。そして糸を手に取る前にもう1つだけ、魔法を発動させる。


〈オイル・コーティング〉


これは物体及び生物にかけられた粘着性を無視して接触することができるようになる魔法だ。といっても〈アンティ・ブラッド・コーティング〉と同じ要領でオイルをコーティングしただけなのだが。



簡単にアスタリスクへの侵入を許してしまったが、誰がそれを責められるだろうか。



「では俺は陽動に行く。確実に教皇を抹殺せよ。」


「「「はっ!」」」


小さい声。しかし巨岩モノリスには確かに届いた。


「ふん。」


何度目かの口の角度で、巨岩モノリスは笑って見せた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「ここがリザール教の神殿。」


1人になった巨岩モノリスは標的とは違う神殿に赴いていた。


目の前に何か特別な物があるわけではない。



瞠目すべき至宝があるわけでも、


抹殺すべき人物がいるわけでもない。



あるのは、壁。リザール教の神殿を囲むだけの、なんの変哲もない壁。しかし、巨岩モノリスにとっての標的は、壁だった。


フッ、と踏ん張って構える。右手にも左手にも武器はない。否、この拳こそが最大の武器なのかもしれない。


正拳突きの構え。左手を突き出し、右手を引く。右手を最高の形で突き出すための準備。


そして準備が完了したとき——





充分に引かれた右手は——突き出される。

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