#11〔王〕

「ちょっと休みましょう。」


王都を出てから2時間ほど経っただろうか。レナがおもむろにそんなことを言い出す。俺としては馬車に乗っているので休む必要はないが、レナは違う。もちろん断る理由もないので了承する。


木陰に座ると少しばかり気まずい沈黙が続く。年単位の付き合いになるかもしれないのである程度は打ち解けたい。自然に、自然に話を振ってみよう。


「君は……えー、あー、今いくつなんだ?」


うん。全然無理だよね。うん。


「17」


「へ、へー、そうなんだ。俺の1つ下だね。ははは。」


うん。やっぱり無理だよね。うん。


「ふーん。」


「え、えと、君は——」


「レナ」


「え?」


「君じゃない。レナ。」


「……ゼータ?」


「レナ」


「レ…ナ?」


「そ。レナ。」


少しも表情を変えないが、声色から察するに、喜んでくれているようだ。


「そろそろ行きましょ。野宿は一泊で済ませたいのよ。」


「そうだな。じゃ、よろしく頼む。」


「ん。」


✳︎ ✳︎ ✳︎


日は沈み、月が明らかになったころ。


鞍にかけた〈光源〉という魔道具が道を知らせる中、それは起こる。


それは、巨人。否、巨鬼と言う方が適切だろう。


「あれは?」


レナもそれに気づいたのか、俺に問いかけてくる。

そしてその答えを、俺は知っている。


小劣鬼王ゴブリンロードか、そうでなくとも将軍ジェネラルだろうな。」


ロード

始祖ファウンド真相トゥルーを除けば、最上位種となることが多い。

そして、強い。それは最弱の魔物と名高いゴブリンであっても例外ではない。1人で狩れるならばオリハルコン級、パーティで倒せるならプラチナ級の実力があるとされる。つまりリュカなしでこのゴブリンロードを討伐すれば、放浪者ナスターの最低ラインに立っているという証明になる。


前進と後退しかしないゴブリンだが、ロードともなればそれは違う。恐らく今回もここで馬車を待ち伏せていたのだろう。


3.5メートルはあろうかという醜い巨体。手に持つのは戦斧……いや、どちらかと言えばハルバードだろうか。



「リュカ、レナを護ってやってくれ。」


「アォン!」


せめてゴブリンロードぐらいには勝たなければリュカとの共闘は叶わない。足を引っ張ることだけは避けたいのだ。


まださほど錆びてもいないハルバードは恐らく魔道具だと思われる。白を基調としているためにゴブリンロードには似合っていない。



〈豪腕〉〈敏捷化・特〉〈腕力強化・優〉



いつも通り強化魔法と〈豪腕〉を発動させ、こちらを見据えるゴブリンロードに向き直る。


「グギギギギギ!」


知能はあるが、それを全く感じさせない汚い鳴き声を鳴らす。


そしてハルバードを大きく振り上げ、そして下ろそうとする。向かう先は〈豪腕〉を発動させた右手。


ゴブリンロードには知性がある。しかし賢いかと聞かれれば、10人に9人は、賢くはない、と答えるだろう。そして残りの1人も、ゴブリンにしては…という前置きの後に述べたはずだ。


賢ければ、異様に硬そうな右手を無視して、胴体或いは頭部を狙うだろう。しかしとってつけただけの低い知性は、肉が多く付いた部位を攻撃しろと命じさせた。



ならば結果はこうだ。



そのハルバードは右手と激突し——折れた。



不思議そうな顔をするが、その隙を逃す手はない。

ゴブリンロードの懐まで敏捷化された足で潜り込み、そのまま正拳突きを喰らわせる。


グフっ、という声をあげて2、3歩後退する。

それにしても——


「硬いな。」


そう、硬い。右手が硬いのだ。明らかに殴ったときの感触が違う。恐らくこれは暗黒水晶の効果であると思われるが、これほどとは思わないかった。


それにこの首輪。まだ少しの移動と一撃しか与えていないので一概には言えないかもしれないが、今のところ疲れを全く感じない。


武器を失ったゴブリンロードはどうするのかと見れば、ハルバードを持っていた右手を空にかざした。


「しまった!」


失念していた。

非常に珍しいケースではあるのだが、小劣鬼魔術師ゴブリンメイジから派生した上位種は魔法を行使できる。しかもロードともなればその威力は……


ゴブリンロードが見据えたのは馬車だ。


考える限り最悪のパターン。

どうにか魔法の軌道に入るしかない。



——風が横切った。



強い風。突風と言ってもいいだろう。一瞬おいて、ゴブリンロードを見れば、そこにいたのは最早ゴブリンロードではない。巨大な肉塊であった。


そしてその側には風の正体リュカが立っていた。

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