強く強く…、細い智樹の身体が折れるんじゃないか、ってくらいに強く…


智樹もそれに応えるように、俺の背中に腕を回した。


言いたくない…

でも言わなきゃいけないんだ…、俺の口から…


当たり前か…、全ては俺が撒いた種。

分かってる…、分かってるけど、でも…!


智樹の肩口に顔を埋め、何度も深呼吸を繰り返していた。

すると、俺の背中に回した手がスッと離れ、小さく握った拳が俺の胸をトン…と軽く叩いた。


「な…に…?」


俺が聞くと、智樹は俺の腕から離れ、


『…………』


物言いたげに口を動かした。


けど、俺には伝わらないと判断したのか、小さく笑うと智樹のためにとテーブルの上に用意してあったメモ用紙とペンを手に取った。


その手が微かに震えて見えるのは、俺の気のせいなんかじゃなく…


「智…樹…?」


いつもなら、まるで絵でも描くかのようにサラサラと動くペン先が、途中で何度も止まり…


随分と時間をかけて漸く書いた文章を俺に差し出した。


「俺…に…? 読めって…?」

『うん…』


智樹が頷いたのを見て、俺は智樹から渡された紙に視線を落とした。


『ごめんね…』

『俺達、終わりにしよう…』


「違っ…、どうして…」


謝らなきゃいけないのは俺の方で…

別れを告げるべきなのは俺なのに…


どうして智樹が…


『最後に、一つだけワガママ言ってもいい?』

「そん…な…、最後とか…、頼むから言わないでくれ…」


そんな悲しい言葉…智樹に言わせたくなかったのに…


俺は堪らず再び智樹を抱きしめた。

でも智樹はそれを拒むと、テーブルの上に投げ出されたペンを握った。


『一度だけでいい…、抱いて欲しい…』


「智…樹…、本気で…?」

『うん…』


小さく頷いた智樹は、これまで見せたことの無い、とても穏やかな…、それでいてどこか覚悟を決めたような、そんな顔をしていた。


『まだ…迷ってる?』


すぐに“Yes”と言えない俺を、智樹の不安気な目が見つめる。


俺が智樹を抱く…


そのことに迷いなんてなかった。

寧ろ、旅行中にそんな関係になれたら…、なんて淡い期待だってしていた。


だから所謂“必需品”の類いも揃えたし、今だって俺のボストンバッグの中で、出番が来るのを今か今かと待ち侘びている筈だ。


ただ、どうしても不安だったんだ。

今まで女性としか経験して来なかった俺が、果たして同性である智樹に反応するのか、が…


俺が抱かれる分には、ただこの身を流れに任せておけば良いが、“抱く”となったら話は別で…


智樹を抱きたい、そう思い始めた時から、俺は常にその不安を抱えて来た。


今だってその不安は、当然ある。

だから…かな、とても困惑した表情を浮かべていたんだと思う…


『もし、無理だと思ったら、途中で止めても良いから…』

『だから…』


ポタリ…と、メモ帳の上に落ちる雫…


「ごめん…、違うんだ、そうじゃなくて…、俺はただ君をこれ以上傷つけてしまうのが怖くて、だから…」


俺はとうとう泣き顔に変わってしまった智樹の頬を両手で包むと、キツく噛み締めた唇を指でなぞった。


そしてそっと唇を重ねると、智樹の手からペンを抜き取った。


「おいで…?」


ペンを抜き取っても尚握ったままの手を包み、一本一本解きほぐすように指を絡めた。


『翔真…さん…?』


涙で潤んだ目が俺を見上げる。


「ごめんね、智樹…。君をこんな風に泣かせたくはなかった…」


君にはいつも笑っていて欲しかった。

そしていつか、あの時聞いたあの歌を、今度は俺だけのためだけに唄って欲しかった。


でももうそれすらの叶えられない。


だったら…


「ベッド、行こうか…?」

『…うん…』


小さく頷いた智樹の額にキスをして、俺は智樹を抱き上げた。

キュッとシャツを握った手が、まるで俺の心臓まで握っているかのようで…


胸の奥がズキンと痛んだ。


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