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厨房を含め、バイトスタッフ達が次々上がって行く中、俺の手元に一枚の伝票が届けられた。
追加の生ビールと、帆立貝柱の刺身か…、出来ないオーダーじゃないな…
俺は手際良く帆立貝柱を捌くと、専用の皿に盛り付け、サーバーにセットしてあったジョッキを手に取った…までは良かったけど、翌々考えたら、バイト君達が皆上がってしまったこの状況で、誰がコレを運んで行くんだろうと、疑問が頭を過ぎった。
仕方ない…、別に厨房から出ちゃいけないとは言われてないし、この場合俺が運んでくしかないよな…
フッと息を吐き出した俺は、皿とジョッキを手に持ったまま、暖簾を潜ってカウンターへと出た。
運が良いのか悪いのか…、一つのテーブルを除いて他に客はいない。
マジかよ…、なんでよりにもよって…
俺は、すぐさま厨房に引き返したい気持ちを抑え、カウンターを出て小上がり席へと向かった。
和人から雅也さんを奪って行った男…、出来れば永遠に顔を見たくない相手がそこにいると思うだけで、ぼんの数メートルと大した距離でもないのに、酷く遠くにあるような気がして、足取りは重いし、気だって重くなってくる。
口が利けたら、思い切り罵って、恨み言の一つでも言ってやりたいところだけど、幸か不幸か…今の俺にはそれすら叶わない。
俺は徐々に顔が強ばって行くのを感じながら、楽しげに談笑するテーブルに皿と、そしてジョッキをドンと音を立てて置いた。
あえて雅也さんとも、そして潤一さんとも視線を合わせずに…
だって二人の楽しそうな顔なんか見たら俺…、泣いちゃいそうだから…
それでも二人が同時に顔を上げたのは、しっかり視界の端にも入ってたから、俺は早々にその場を離れようとした…のに、ジョッキを握った手を何かに掴まれ、そこから動けなくなってしまった。
っていうか、この手…
ううん…、そんな筈ない…、だってそんなことって…
恐る恐る…いや、別に何も恐れちゃいないけど、緊張とも違う…けど、心臓が口から飛び出しそうな…、そんな感じだった。
ゆっくり視線を向けた先で、驚いたように見開いたデカい目と、俺の視線がぶつかった。
桜木…さんがどうしてここに…?
俺が「もう一度会いたい」って、そう強く願ったから?
だとしたらこれって…運命ってやつ…なのか?
「えっと…、俺大分酔っ払ってる…のかな…、大田君の幻が見えるなんて…」
瞼を何度もパチパチと瞬かせながら、俺の顔を何度も角度を変えながら覗き込む。
俺幻なんかじゃないし、本物だし…
つか、俺どうしたら…
半ば救いを求めるように向けた視線の先で、雅也さんと潤一さんがポカンと口を開けて俺を見上げている。
「あの…さ、智樹? もしかして 知り合い…だったりする?」
雅也さんに言われて、俺は首を縦に振って答える。
すると今度は潤一さんが、テーブルを指でトントンと叩いて、
「まさかとは思うけど、桜木の言ってた子って…、智樹のこと…?」
俺と潤一さんを交互に見て、桜木さんもまたその問い掛けに何度も首を縦に振って答えた。
その時点で俺の頭は混乱しまくってるのに、それに輪をかけるかのように潤一さんが、
「じゃ、じゃあ、桜木の一目惚れの相手って…、智樹のことだったの…?」
なんて言うもんだから、もう俺はどうして良いのか分からず…
空いた片手でポケットからメモ帳とペンを取り出すと、テーブルの上に広げたメモ帳にペンを走らせた。
その光景を、潤一さんは不思議そうに見てるけど、それも無理はない。
だって潤一さんは、和人が死んで以来、俺が喋れなくなったことを知らないだろうから…
『どうして桜木さんがここに? 潤一さんと桜木さんは知り合いなの?』
口で言えない代わりに、疑問を書いたメモ帳を、バンとテーブルの中央に広げた。
一斉にメモ帳に集中する視線。
でも俺だけは、ずっと桜木さんを見つめていた。
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