笹宮の気持ち


「結衣花さんのこと、好きですよね?」


 突然訊ねられたその言葉に、俺は驚いて言葉を失った。


 結衣花のことをどう思っているのかという質問は今までにもされたことはある。

 だが『好きですよね?』と断定するように訊ねられたことは初めてだ。


 その不意打ちとも見える一言は、心の奥底に押し込めていたものを暴かれたような気分を呼び起こし、複雑な罪悪感を俺に抱かせた。


 背を向けていた楓坂は伏し目がちに俺の方へ振り返る。


 そして、申し訳なさそうに言った。


「どう……なの?」


 逃げたい。


 理由はともかく、とにかく逃げたいという衝動が起きる。

 だが、俺は必死に自分の感情を説得して、落ち着こうとした。


 俺は今まで結衣花のことを大切にしてやりたいと思っていた。


 だがそこに不純が気持ちはなかった。

 ただ、一緒に話をするのが楽しかっただけなのだ。


 なにも後ろめたい気持ちは持っていない。


 どうする?

 何か適当な言葉ではぐらかすか?


 いや、ダメだ。


 今楓坂は意を決して話をしている。

 初めて会った時、彼女は一方的に俺のことを不純な男として疑ってきた。


 しかし今は違う。

 彼女は今、真剣に俺達のことを思いやっている。そのことが弱々しい瞳から伝わってくる。


 そんな楓坂に不誠実な誤魔化しはよくない。


「伝わりにくいかもしれないが、結衣花のことを大切にしたいという気持ちはある。だが、恋とか男女の仲とか、そういうものを俺は求めていないんだ」


 喋るのが苦手な俺ではあるが、精一杯自分の気持ちを伝えた。


 そうだ。これが俺の本心だ。


 結衣花は間違いなく美少女だ。 

 ここ最近になって大人の女性としての魅力も兼ね備え始めてきた。


 だが、彼女への感情は恋とは違う。

 それだけははっきりとわかっていた。


 しかし、楓坂は言う。


「じゃあ、結衣花さんと離れ離れになっても気にしないんですか?」

「それは……」


 痛いところを突いてくる……。


 そうだ。恋ではない。それはハッキリ言える。

 だが、俺はそれ以上に結衣花がいなくなることを恐れている。


 俺は以前、彼女だった雪代と別れた経験がある。

 今さら誰かが去って行っても、それを受け入れるくらいの器は持っているつもりだ。


 だが、結衣花にいなくなって欲しくないという気持ちはある。


 楓坂は俺に近づく。

 今すぐにでも抱きしめられるほどの距離だ。

 彼女は下を向いているが、とても切ない表情をしていた。


「曖昧なままお互いの感情を殺し合っていたら、きっと二人とも後悔します。そうなったらお父様やゆかりさんのように傷つくかもしれない。私はそんな二人を見たくないわ」

「しかし、俺と結衣花はまだ……」

「笹宮さんだって、結衣花さんがただ懐いているだけじゃないって少しは気づいているでしょ?」

「……」


 楓坂の父・秋作さんは、結衣花の母・ゆかりさんを相手が高校生だからという理由だけで振った。


 状況だけなら俺と結衣花の関係に似ている。


 そうさ。わかっているさ。

 結衣花の感情が少しずつ彩り豊かになっていることに気付いている。


 それが俺への好意だということにも……。


 だが、俺はあえてそれを気づかないようにしてきた。

 もし気づいたら、彼女から離れないといけないと思ったからだ。


 俺は助けを求めるように楓坂に訊ねる。


「楓坂はどうなって欲しいんだ」

「……わからない。二人に幸せになって欲しい気持ちもあるし、今すぐあなたに……抱きしめて欲しい気持ちもあるし……。それがダメな気もするし……」


 ゆっくりと俺を見上げる楓坂。

 とても弱々しく、今すぐに消えてしまいそうな表情。


 震える声で彼女は訊ねてくる。


「私、どうしたらいい?」

「……」

「教えて……」

「……」


 わからない。

 どうすることが最適解なんだ。


 俺は結衣花のことを、楓坂のことを、どうしたいんだ……。


 黙ったまま硬直する俺をしばらく見ていた楓坂は、急にクスッと笑った。

 いつもの女神スマイルだ。


「……ふふふ。ごめんなさい。ちょっと疲れて変なこと喋っちゃったみたい。気にしないで」

「……すまない」

「謝らないで。それよりすぐに夕食の準備するわね。腕を振るって冷凍食品を並べるわ」


 廊下を歩いてキッチンに向かう途中、俺は前を歩く楓坂に今の素直な気持ちを伝えた。


「まぁ……アレだ。……なんて言うか、……俺のことを真剣に考えてくれてありがとう」

「……全然カッコよくないわね。でも私はそういうふうに言えるあなたのことが好きよ」

「……楓坂」


 身勝手ではあるが、楓坂にそう言われて救われた気分になった。

 結衣花に抱く感情とは違うが、楓坂にも他の人には抱かない感情を俺は持っている。


 どうしていいのか、まだ答えは出せていない。

 だが、目の前にいる優しい彼女に俺は感謝をした。


 ……と、ここで楓坂は言う。


「ブロッコリー、山盛りにしちゃおっと」

「……もしかして怒ってる?」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、いよいよ動き出す展示会! どうなるのか!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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