楓坂が訊ねること


 それは土曜日の夜だった。


「おーい、楓坂。大丈夫か?」


 ここ最近、夜の遅くまで隣の部屋から物音が聞こえる。


 人の気配がする程度なので迷惑というわけではないのだが、あまりにも連日続くので心配になって確認にきたというわけだ。


「はい……。あ、私の専属メイドさん」

「……本当に大丈夫か? いや、大丈夫じゃないよな」

「安心してください。少し疲れていますが、頭は正常に働いてますよ」

「どこがだよ」

「それよりどうぞ。入ってください」


 部屋の中に入ると、女子の部屋とは思えないほど散らかっていた。


 どうやら動画編集の作業に没頭するあまり、他のことがないがしろになっているようだ。


「まさか、ぶっ通しで作業をしているのか。体を壊すぞ」

「だって、テンションが上がっている時に一気にやっちゃいたいでしょ?」

「まぁ……、わからなくはないが……」


 以前からそうだが、楓坂は集中力のスイッチが入ると周りが見えなくなる。


 だからこそ、爆発的な創造力を発揮するのだろうが、身近な者からすれば心配でならない。


 とはいえ、楓坂が今行っている作業は次世代AI展のプロモーション動画だ。

 俺が頼んだ仕事なだけに、あまりきつく言う事ができない。


 楓坂はキーボードをリズミカルに叩き、マウスで三回クリックした。


「これで……と、あとは出力さえすれば完成です」

「やったな。お疲れさま」


 あとは次世代AI展が終わるまでに秋作さんの暴走を止めるだけか。


 よくよく考えると、こうして次世代AI展の担当に俺が選ばれたのも旺飼さんが調整をしたからなんだろうな。


 俺が考え込んでいると、席を立った楓坂が肩に頭を乗せてきた。

 長い髪がサラリと落ち、優しい香りが俺の心拍数を早くした。


「また、お父様のことを考えているんですか?」

「ああ。この前秋作さんは『より面白いことを追及したい』って言ってた。だけど『どうして追求したいのか』という理由は言わなかったんだ」

「そこに答えがあると考えているの?」

「ああ。……なんとなくだけどな」


 話を聞く限り、秋作さんは根っからの破滅主義者ではない。

 なにか手があるはずだ。


 ……と、ここで考え込んでも仕方がないか。


「今日はどうする? 旺飼さんの屋敷に帰るなら送るぞ」

「もう夜も遅いですし、泊っていくわ」

「この部屋で? 散らかり過ぎだろ……」


 そう言って、俺は周囲を見渡した。

 辺りには資料や機材が散乱し、ギリギリ足の踏み場だけ確保している状態だった。


 少しでも早く作業を進めたいという気持ちから、こまめな片付けをしなかったときに起きる現象だ。


 わかるぜ。だって俺だってよくするんだもん。


「これじゃあ、片付けるだけで一時間は掛かるぞ」

「なに言ってるの? あなたの部屋に決まってるじゃない。もちろんベッドは私」

「そういうと思ったよ」


 ま、予想通りの展開だ。

 今までにも楓坂は俺の部屋に何度も泊まっているし、今さら抵抗はない。


 もちろん、男女が一つの部屋に泊まるのに、なにも起きないということも想定済みだ。


 男としては考えものではあるが、そこは気にしないでおこう。


 こうして楓坂と一緒に、俺は自分の部屋に戻った。


 玄関に入ったところで、俺は靴を脱ぎながら楓坂に言う。


「なんか、俺達って付き合ってないのが不思議なくらい一緒にいるよな」

「そうね。誰かさんが意気地なしですから」


 ん? なんだ、その言い方?

 いろいろと反論が湧いて来るのだが?


「ちょっと待て」

「いや。待たない。夕食、私が作りますね」

「お……、おう」


 むぅ……。以前は俺の方がペースを握っていたのに、最近はまた楓坂ペースになりつつある。


 まぁ、今さら楓坂との関係に優劣をつける必要もないか。


 その時、楓坂は背を向けながら、小声で訊ねてきた。


「笹宮さんって……」

「ん?」

「結衣花さんのこと、好きですよね?」


 ……。

 ……。


 ……えっ!?

 なんでいきなりそんなことを!?



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、楓坂の思いとは!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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