正岡さんの話


 夕方。

 荷物を旅館に預けた俺達は、正岡さんと一緒にちかくの居酒屋に向かった。


 木造のその店は古びていたがアットホームな雰囲気で包まれ、座敷に上がると畳の優しい香りがした。

 丁寧に掃除をしていることが伝わってくる。


 焼き鳥・春巻き・さつまあげなどなど、運ばれてくる料理を正岡さんはがっつきながら、俺達の質問に答えてくれた。


「疑似直感AIっていうのはね、複数のAIに個性を与えて、対話をさせてやるっていうのがコンセプトなんだよ」

「AI同士で相談し合う……ということですか?」

「ざっくりというとそういうことさね」


 今俺達はずっとよくわからなかった疑似直感AIについて訊ねていた。


 最初はとんでもない話かと思ったが、概要を聞くと意外と普通のことだ。


「この話はほとんど出回ってないけど、直感AIの研究は二十年程前、ヨーロッパで各国の研究者を集めて実際にされてんだよ」

「えっ!? そんな前にですか?」

「まぁね」


 正岡さんはジョッキに入ったビールを掴み、グビグビと飲み干す。


「ぷはーっ! やっぱり仕事の後のビールはうまいね! まーそういうわけで、直感を与えるにはAIに人格を与える必要があるってわけさ」

「そんなことができるんですか?」

「そのためのブロックチェーン・ルービックキューブ構造さ。まぁ、完成したのかどうかそこまでは知らないけどね」


 でも不思議な話だ。

 もっとプログラミングに関わる内容と思っていたが、疑似直感AIに必要なのは『個性』と『対話』という事らしい。


 でもAI同士の対話か……。SF映画ならありそうだがリアルでは考えたこともなかったな。


「ぶっとんだ話が好きなら、三十年前にフルダイブVRを研究していた爺さんの話もしてやろうか?」

「え~、さすがにそれはウソでしょ」

「ホントさ。へっへっへ! ほれ、これも食いな」

「あ、どうも」


 まだ俺の皿にも焼き鳥が残っていたのに、正岡さんは唐揚げを三つ差し出してきた。


 こういう配慮は嬉しいのだが、さすがにもう腹がいっぱいだ。


 すると隣に座っていた結衣花が困った表情で俺を呼んだ。


「お兄さん……」

「どうした?」

「私、もう食べれないかも……」

「メチャクチャご馳走を勧めてくるもんな」


 俺はまだ食べることができるが、さすがに結衣花にはきついかもしれない。

 すでにご飯三杯分くらいは食べてるからな。


 そんな様子を見て、正岡さんは「へっへっへ!」と愉快に笑った。


「なっちゃいないね。まだ若いんだから、もっと食えばいいんだよ」

「俺、二十七ですよ?」

「若いじゃないか。私は六十二歳だ。へっへっへ」


 豪快というか、なんというか……。


 その時、さっきまで黙っていた楓坂が口を開いた。


「あの……、お父様の昔の女ってどういうことですか?」

「ん? そう言えば、あんたは秋作の娘だったね」

「はい……」


 さっきゲーム対決の時、秋作さんが昔の女にこだわっていると正岡さんは言った。

 ゲームを有利に進めるためのフェイクだったのかどうかはわからなかったが、それでも衝撃的な内容だったのは事実だ。


 楓坂にとっては自分の父親の話だから、気になって仕方がなかったのだろう。


 正岡さんは少しバツの悪そうな顔をしながら、ビールをちょびちょびと飲みながら話し始める。


「秋作の坊やはね、大学生の時に年下の……女子高生だったかな? その子の告白を断ったことがあるんだよ。それをずっと気にしてんのさ」

「振った側なのにですか?」

「ああ。たぶん秋作も本当は好きだったんだろうね。でも大人と女子高生が付き合うわけにいかないから、仕方がなく振ったんだろ」


 意外な話だな。

 秋作さんにもそんなことがあったのか。


 しかし大人と女子高生の関係か……。


 隣に座る結衣花を見た時、彼女も俺の方を見てきた。


 俺達は別に恋愛関係というわけではない。

 だが今の話を聞いた時、どこか他人事ではないように感じたのだ。


「ちなみにその女子高生の人は……」

「聞いた話だと、大手広告代理店に就職してかなり出世したらしいさね。今は娘さんが二人いるって、噂で聞いたことがあるねぇ」


 大手広告代理店で出世して……、今は娘二人か……。


 もしかしたら、どこかで会ったことがあるのかもしれないな。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、温泉宿の夜の出来事!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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