居酒屋でサワーを飲む元カノの話


 仕事を終えて地元の駅に到着した俺は、近くにある居酒屋に向かった。


 個室のある店で居心地が良く、たまに旺飼さんが連れてきてくれるところだ。


 今日一緒に食事をしているのは、大手広告代理店の部長で、元カノの雪代ゆきしろ


 彼女は食事が始まる前に、数枚にまとめられたレポートを渡してくれた。


「ほいよ。これが四季岡ファミリアに関する情報」

「ありがとう」


 この前、美桜から『秋作さんを信じるな』と言われ、念のために四季岡ファミリアのことを調べることにした。


 だが、ほとんど情報が集まらないので、雪代に頼ることにしたのだ。


 レポートを読み始めた俺は、一枚ずつじっくりと内容を確認する。


「へぇ……。ネットに暗号をバラまいてメンバー集めか。なんかハッカーみたいな連中だな」


 暗号でメンバー集めの件はネットで話題になったから俺も知っている。

 蝶のマークで一時期話題になったんだよな。

 あれが四季岡ファミリアのしわざだったのか。


「それはかなり前の話だけど、どうもその頃から、ブロックチェーンの応用技術を模索していたみたいだね」


 雪代は運ばれてきた焼き鳥を食べながら、サワーをゴクゴクと飲む。

 音水よりも背が小さいロリ体型なのに、行動はオッサンよりオッサンっぽい。


「でもメンバー内で考え方の違いが生まれて解散だってさ」

「天才も人間関係に悩んでんだな」

「笹宮がそれ言うとじわる。いひっ」

「雪代にも悩まされたんだけど?」


 こいつ……、付き合っていた時にいきなりインドに行って、散々心配させたことを忘れたんじゃないだろうな。


 俺がそのことをつっこもうとしたことに気づいた雪代は、慌てて話題を元に戻した。


「んで、その中にいた一人が日本人で、どうやら四季岡ファミリアの初代リーダーだったみたいだね」

「あれ? じゃあ、今は二代目なのか?」

「うん。断片的な情報を繋ぎ合わせるとそんな感じ」


 しかしさすがだな。

 ネットじゃあほとんど出てこない情報をこんなに早く集めるなんて……。


「本当にありがとう。助かったよ」

「うちんとこにいるメガネ君が情報マニアでさ。頼んだらサクッと集めてきたのさ」


 ここで『メガネ』というワードを聞いて、俺は美桜の事を思い出した。

 急にあの時の罪悪感が戻ってきて、俺の表情は暗くなる。


「ん? どったの?」

「あ、いや……。実は……年下の女性からの告白を断って、少しへこんでるんだ」

「あん? 楓っちとまたケンカしたの?」

「いや、雪代が知らない別の人だ……」


 ふぅん……と、気にしない様子で雪代は串に刺さったつくねを頬張る。


「音水ちゃんとはどうなの? あの子、笹宮のことが好きって言ってたじゃん」

「さすがに教育係と新人の関係はダメだろ」

「いや、アリっしょ」

「アウトだ。他の新人に示しがつかなくなる」

「そうかねぇ」


 雪代はしばらく俺のことをぼんやりと眺めたあと、ゆっくりと話を切り出した。


「まっ、そろそろ教えてもいいか」

「なにが?」

「少し前から音水ちゃんとうちの社員をトレードする話が進んでて、ほぼ決定なんだよね」

「はぁ!?」


 それはまさに寝耳に水の話だった。

 驚いた俺は、口をぽかんと開けて固まってしまう。


「じゃ……じゃあ、音水は大手広告代理店に行くのか!?」

「そうなるかな。そっちの社長さんは最後まで反対してたけど、最近やっと話がまとまったんだって」


 そういえば社長、やけに音水の事を気にしていたな。

 たんに可愛がっているだけだと思っていたが、そういう裏事情があったのか。


「んで、音水ちゃんがこっちに来れば、もう笹宮が立場を遠慮する必要もないってわけ。ウィン・ウィンじゃね?」

「……音水と付き合えって言いたいのか?」

「そうは言わないけどさ。そろそろ笹宮なりに答え出してもいいんじゃない?」


 どうやら雪代は、俺が前に進めないことを悩んでいることに気づいているようだ。


 楓坂か音水か、俺はちゃんと二人の気持ちに答えないといけない。

 今まで引き延ばしてきたことの方がおかしいんだ。


 しかし、それでいいのか?


 と、ここで雪代がサワーの入ったグラスで顔を隠し、ごにょごにょとつぶやく。


「ぶっちゃけ……、私も……」

「ん?」

「何でもない! じゃあ、あたいは先に帰る。ここおごってよね!」

「ああ、わかってる」


 なんだろう? 何を言いかけたんだ?

 雪代がさっさと居酒屋を出て行ったので、俺は会計をすることにした。


 すると、なぜか雪代が申し訳なさそうに戻ってくる。

 どうしたんだ?


「帰り道……、送ってくれる?」

「先に帰るんじゃなかったのか?」

「一人はさびしいんだよぉ……。ねぇ、いいっしょ?」

「わかった、わかった。少し待ってくれ」


 寂しがり屋なところは、学生のころから変わらないな。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、ゴールデンウイークの予定はどうする?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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