帰り道の後で


 結衣花を自宅に送ったすぐ後、歩道を歩いていた楓坂と会う。


 俺は車を停車して、彼女に声を掛けた。


「今から帰るところか? なんなら送っていくぞ」

「うふふ。気が利きますね。じゃあ、乗せてもらおうかしら」


 今日は暖かいからなのか、楓坂の服装は初めて会った頃と同じものだった。


 ニットシャツとロングスカートという男心をくすぐるコーデなのに、デニムジャケットの肩出しで羽織っている。

 アンバランスな着崩し方が好きなようだ。


 助手席に乗った彼女に、俺は行く先を訊ねた。


「旺飼さんの屋敷でいいんだよな?」

「いえ。今日は……その……、作業部屋の方に泊まろうかと」

「俺の隣部屋か。じゃあ、夕食は一緒にするか?」

「はい」


 ほがらかに微笑む楓坂。

 以前に比べて一緒に食事をする機会は少なくなったが、彼女の素の顔を見ることが多くなった気がする。


 しかし歩道を歩いている様子は、ぶらっと散歩に出かけたような感じだったが、本当に今から作業部屋の方へ向かうつもりだったのか?


 ヴヴヴヴ……ッ。


 スマホのバイブレーションの音だ。

 楓坂はスマホを取り出して、通話ボタンを押した。


『やあ、舞さん』


 声の主はおそらく楓坂の父、秋作さんだろう。

 優しさだけで出来ているような声だ。


『今日はパパが夕食を作ってあげますね。何か希望とかありますか?』

「今日は作業部屋に泊まります」

『え? どうして? はっは~ん。もしかして笹宮君とばったり会ったから、そのまま……』


 ……と、ここで楓坂は問答無用で電話を切った。


 楓坂の顔を見ると顔を真っ赤にして、涙を浮かべている。


「……電話、切ってよかったのか?」

「はい。お父様はたまにデリカシーのないことを言いますので」


 なんか秋作さんの鈍感なところを見ていると、もう一人の自分を見ているようで応援したくなる。


 俺も娘を持ったら、こんな風な扱いをされるのかな。


   ◆


 マンションに到着した俺達は車を降りて、部屋に向かった。


 何気ない会話をしていたのだが、しだいにその内容は今日の結衣花とのドライブへと移った。


「じゃあ、さっきまで結衣花さんと一緒だったの?」

「ああ。いちおう言っておくが何も変なことはしてないからな」

「心配なんてしてませんよ。あなたの性格はわかっているもの」

「ほぅ。なかなか信頼度が高いじゃないか」


 すると楓坂は嫌味たっぷりの女神スマイルで言う。


「だって、お風呂上りの私を見ても何も手が出せないんですからぁ」

「恥ずかしくてすぐに涙目になる奴に言われたくないんだが?」


 とはいえ、特に楓坂には俺のヘタレ姿をさらすことが多いからな。

 ここで強く言えないのは男として悲しいところだ。


 そしてエレベーターに乗った頃だった。


 楓坂は俺に触れるかどうかというくらいまで近づいてくる。

 ふわりと彼女の髪の香りが鼻孔をくすぐった。 


「……それで、なにか引っ掛かることがあるんでしょ?」

「……よくわかったな」

「いろいろありましたけど、私達って結構一緒にいますからね」


 エレベーター内の閉塞感と彼女の香りが、妙に安心感を与えてくれる。


 そのせいか、俺は抵抗することなく本心をするすると喋りはじめた。


「結衣花も楓坂もどんどん成長していくのに、俺はあんまり変わらないなと思ってな」

「取り残されていると思ってるの?」

「ま、そんなところだ」


 結衣花はこれから大学に行って、もっと大きなチャンスを掴むだろう。それは楓坂も同じだ。

 彼女達は可能性に溢れている。


 だが、俺は数年後の自分を容易に想像できてしまう。


 絵や動画などの制作スキルを持たない俺にとって、クリエイターたちの活躍は眩しすぎるのだ。


 かといって、今さらクリエイターになることなんて不可能だし、どうしようもない……。


 だからかもしれない。

 俺は最近、彼女達との間に壁を感じるようになっていた。


 エレベーターを降りた俺達はそのまま部屋に向かう。


 ドアを開いて玄関で靴を脱ぎ、俺はキッチンへ向かおうとした。


「飲み物を出すからリビングで待っていてくれ」


 その時、背中を柔らかい感触が包んだ。

 彼女が……、楓坂が後ろから抱きついてきたのだ。


「私、これからもあなたの傍にいるつもりよ。だから寂しい顔なんてしないで……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、あまあま展開です!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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