二人っきりの時間


 旺飼さんの自宅のリビングでくつろいでいると、楓坂父の秋作さんがドアをノックした。


「少し急用ができたので、僕はしばらく外出しますね」


 手短にそう伝えた秋作さんは、そのまま玄関を出て行った。


 屋敷に二人っきりとなった俺と楓坂は顔を見合わせる。


「……たぶん、俺達を二人っきりにするために出て行ったんだろうな」

「そうでしょうね。わざとらしい……」


 どうも秋作さんは楓坂の気持ちに気付いているようだ。


 結衣花のことも応援している様子だし、意外とラブコメ的な展開が好きな人なのかもしれない。


「でも旺飼さんもそろそろ帰ってくるんじゃないか?」

「いえ、お父様が帰ってくると叔父様はホテルに泊まるんです」

「……仲が悪いのか?」

「そういうわけではないのですが……」


 楓坂は紅茶の入ったカップのフチを指でなぞりながら、静かに話を続けた。 


「叔父様には高校生の頃に好きな同級生がいたらしいのですが、その人がお父様を好きになったそうです」

「うぉ……。それは辛いな」

「それが関係しているのかどうか知りませんが、二人が一緒の席になると妙に気まずい空気が流れるんですよね」

「……まぁ、そうなるわな」


 そういえば旺飼さん、『自分は女性に縁がない』って言ってたっけ。


「でも、この話もお母様が口を滑らせた時の話なので、本当のところはどうなのかわかりませんけどね」


 楓坂は話を中断して立ち上がり、大型テレビの前にある三人掛けのソファに座った。


 そして自分の隣をポンポンと叩く。


「こっち、座ってくださいな」

「お……、おう」


 隣に座って横を見ると、楓坂は両手を膝の上に置いてニッコリと微笑んでいた。

 

 改めて見ると、楓坂の指は綺麗で細い。

 指タレという職業があるらしいが、きっと楓坂なら十分に通用するだろう。


 すると楓坂はこちらにすり寄ってきて、体をこちらに預ける。


 こんなふうに他人の体重を感じる時って、なんか気持ちいいんだよな。


「今日は少し疲れているので、壁代わりになってください」

「甘え方すら毒舌とか、どんだけツンデレなんだよ」

「ヘタレのあなたに言われたくありません」


 ふてくされるでもなく、楓坂はいつもの女神スマイルを崩さずにそう言った。


 こういうお互いの欠点の言い合いを言うのは、俺達の間では当然のコミュニケーションなので、むしろ自然体と言えるだろう。


 だが、楓坂はここでいつもと違う質問をしてきた。


「ならお聞きしますが、ここで私を押し倒したりできますか?」

「クライアントの家でそんなことするわけないだろ」

「うふふ。いいですね、今の逃げ方。腕をあげたんじゃないですか?」

「褒めるふりしてけなすの、やめてくんない?」


 まぁ、今までにもこういう雰囲気になったことはあるが、結局最後までいくことはなかった。


 その原因はなぜなのかといえば、結局俺がヘタレという答えが導き出される。


 認めたくないんだけど、まぁ……そうなんだろうな。


「でも、こういうじれったい時間が私には心地いいんですけどね」


 楓坂はそう言うと、さらに少し体を寄せる。

 より密着度が高くなり、彼女の体の感触がダイレクトに伝わってきた。


 そして長い髪の毛が肩からこぼれ落ちる。


「じゃあ、肩を抱くくらいならいいでしょ?」

「まぁ、それくらいなら」

「抱いて」

「あぁ……」


 うお……、めっちゃ緊張する……。


 なんだ、この色気……。

 楓坂ってこんなに色気があったかな?


 これ、ヤバいんじゃないか。

 なんかここで楓坂の肩を抱くと、そのまま俺の理性が崩壊しそうだ。


 だが、ここで引き下がるのはあまりにもカッコ悪い。


 俺は決意を固めて、彼女の肩に手を回そうとした。


 その時――、『ガチャ』っとドアノブが回る音がする。


 そのことに気づいた俺と楓坂は一瞬で離れて、別々の場所に立った。


「いやぁ、うっかり忘れ物をしてしまいました。……あれ? 二人ともどうしたんですか?」


 現れたのは秋作さんだった。


「い……いえ、なにも……。ははは……」

「……? そうですか」


 結局秋作さんは本当に忘れ物をしただけのようで、すぐにまた屋敷を出て行った。


「もしかしてさ……。秋作さんって天然なのか?」

「ええ……。かなりそっちよりですよ……」



■――あとがき――■

書籍のイラストが発表されました!

皆さん、いつも応援してくれて、本当にありがとうございます!!


次回、意外な人物が登場!!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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