音水の反応
さて、今の状況を整理しよう。
会社見学に来た結衣花と一緒に廊下を歩いていた時、偶然音水と鉢合わせになってしまった。
俺の腕を掴む結衣花を見て、音水の表情から笑みが消える。
気まずい雰囲気が流れたので、俺は機転を利かせて近くのドーナッツ店に二人を案内した。
「ど……ドーナッツっていいよな。あはは……」
俺は席に座っている二人にエンゼルフレンチを献上したが、場の空気が良くなる気配はない。
音水はずっと黙ったままだ。
もしかして女子高生にいかがわしいことをしていると勘違いされたのだろうか。
「笹宮さん……」
「はい……」
あまりの緊張感に俺はつい敬語になってしまう。
一方、正面に座っている音水はゆっくり顔を上げた。
「笹宮さんはどんな赤ちゃんが好きですか?」
「ぐふぁっ!?」
突然とんでもないことを言われたので、思わずコップの水をこぼしそうになったぞ!
なんちゅうことを聞いてくるんだ。
「改まって何を話すのかと思ったら、なんなんだそれは……」
「少子化の現代において、赤ちゃんの話をするのはとても有意義なことだと思います」
「それはそうだが……」
だが大人の男女が気軽に話すことじゃないだろ。
それともここで変な方向に考える俺がおかしいのか?
すると隣に座っている結衣花が小声でつぶやく。
「モテモテだねぇ。すごいなぁ」
「……もしかして怒ってるのか?」
「私が怒る理由、なくない?」
「言い方にトゲを感じる……」
そりゃあ、まぁ……、そうかもしれないんだけどさ。
実際結衣花の表情はいつもとそれほど変化はない。
と、ここで今度は音水だ。「うぬぬぅ~」と唸り声を出して、俺をすねた目で見てくる。
「……どうした?」
「笹宮さんっていっつも結衣花さんのことを見てるから」
「そうか?」
「むすぅ~」
おもいっきりふくれっ面を作った音水はそっぽを向いて、エンゼルフレンチをパクリと食べた。
俺がいつも結衣花を見ている? それこそ誤解だろ。
ふと隣を見てみると、結衣花は驚いた表情でこっちを見ていた。
そして慌てて目が合って背ける。
なんだろう、この孤立感……。
◆
翌日の朝、通勤電車に乗っていると結衣花がやってきた。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ、結衣花」
挨拶はしたが、昨日のことでまだ気分が重い。
今日の音水の機嫌はどうなのだろうか。
はぁ……と、ため息をつくと、結衣花が訊ねてくる。
「昨日のことでまだ悩んでるの?」
「まぁな」
「私、今まで他の人がいるときは腕を掴まないようにしていたけど、昨日は見られてしまったもんね」
「真実はスタンションポールの代替品なんだけどな」
そうなんだよな。
ぶっちゃけ、音水が考えているようなロマンチックさはないんだよ。
そりゃあ、俺としてはなつかれているみたいで嬉しい時もあるんだぜ?
でも、結衣花は何を考えているのか、全然わかんねぇんだよ。
すると結衣花が、
「腕、掴まないほうがいい?」
「いや、別にいいだろ」
「そっか」
安心したように、結衣花は俺の腕を二回ムニった。
ま、これくらいはいいだろう。
なにも悪いことはしていないんだ。
「でもさ、私たちの関係ってなんだろうね」
「友達と言うには年が離れすぎてるもんな」
「んー、あえて言うなら主従関係とか?」
「おいおい。俺は結衣花の主になったつもりはないぞ」
「え? 私が主じゃないの?」
「サラっとディスられた気分……」
そして結衣花がとんでもないことを口にする。
「恋人って言ったら、お兄さんが社会的に抹殺されちゃうしね」
「はは……。まぁ、そうだな」
いやいや、本当にシャレになんないから。
俺が顔をひきつっていると、電車のアナウンスが聞こえてきた。
『まもなく、聖女学院前駅。お出口は右側』
結衣花は俺の腕を離して、カバンを持ち直す。
「着いちゃったね」
「……そうだな」
「後輩さんには、私はただの知り合いで面倒を見ているだけって伝えておいて。それで少しは元気を取り戻してくれると思うよ」
「……結衣花はそれでいいのか?」
「うん。無難でしょ? じゃあね。お兄さん。また明日」
俺達の関係か……。
■――あとがき――■
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次回、楓坂のアプローチ?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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