結衣花が会社にやってきた
午後四時を過ぎた頃、結衣花が会社に来たという連絡を受けて俺はミーティングルームへ向かった。
本来は社員同士で打ち合わせをするために使う部屋なのだが、今日は他の応接室が埋まっていたので、しかたがなくこの部屋で待っていてもらったのだ。
ドアを開くと、結衣花は挨拶をしてくれる。
「こんにちは。お兄さん」
「よぉ、結衣花。待たせたな」
「ううん、大丈夫だよ。これを見ていたから」
彼女が持っていたのは色見本と呼ばれるものだ。
英語とかを覚える時に使う単語カードのような見た目で、中にはさまざまな色のカードが挟まっている。
インクメーカーがくれるもので、印刷に関わる会社ならどこにでもあるものなのだが、結衣花にとってはめずらしかったらしい。
「……色見本なんか見ていて面白いのか?」
「うん。いろんな色があるんだなぁっと思って」
「へぇ、クリエイターはそう感じるのか」
俺達から見ると、打ち合わせのために使うものという認識しかないが、実際に作る側の人から見ると色を見ているだけで楽しいというわけか。
結衣花って根っからの制作サイドの人間なんだな。
「じゃあ、今からデザイン室へ行くけど、驚くなよ」
「うん……。プロの現場か。緊張するなぁ」
「あ、そうじゃなくてさ……」
一度言葉を切った俺は、苦笑いをしながら頬をかいた。
「ほら、前に言っただろ? うちのデザイナーはガンダムオタクだって。話し始めたら止まらなくなるから注意しろよ」
そうなんだよな。
うちのデザイナーってみんないい人なんだけど、これだけが唯一の弱点だった。
ひどい時は、仕事を忘れるくらいトークに熱中する。
ちなみにデザイナーには女性もいるが、今はすっかりガンダムオタクだ。
最近はYouTubeでプラモを作っているところをアップするくらいハマっている。
かくいう俺も、デザイナーさんと話しているうちにガンダムの知識をかなり得たのだが……。
結衣花は不安そうに指をいじった。
「でも私、そこまで詳しくないんだけど……」
まぁ、そりゃあそうだよな。
よし、ここはアドバイスをしてやろう。
「とりあえず、デンドロビウムを話題に出すと仲良くなれるぞ」
「そのくらいなら余裕かな」
「……さすがオタク女子」
あれ? もしかして結衣花って俺よりガンダムのこと、詳しくないか?
◆
結衣花をデザイン室の案内した後、俺は再び仕事に戻った。
そして終業時間になったので迎えに行くと、ちょうど結衣花がデザイン室から出てくるタイミングだった。
「どうだった?」
「うん、面白かった。3Dの作業風景を生で見るの初めてだったし」
「そうか」
「ガンダムのデザインで盛り上がったし」
「……そうか」
やっぱりガンダムの話をしていたか。
しかも盛り上がってたんだ。
コミュ力が高いと知っていたが、まさかここまでとは……。
おっと、そういえばここにくる前に打ち合わせをしたことを伝えないと。
「さっきデザイン室の室長と話していたんだが、次の次世代AI展の動画制作に協力してくれないか?」
「私が?」
「ああ。動画制作は楓坂にしてもらうんだが、何枚かイラストが必要なんだ。それを結衣花に描いて欲しくてな」
今は他の仕事も多いので、どうしてもデザイナーが不足していた。
そこにちょうど結衣花がやってきたので、室長は彼女にイラストを頼みたいと言ってきたのだ。
すると結衣花はためらいがちに訊ねてくる。
「お兄さんも一緒なんだよね?」
「ああ、この仕事のメインの担当は俺だからな」
「そっか。じゃあ、頑張る」
いつものように表情に大きな変化はないが、嬉しそうにしていることはわかった。
着々と結衣花は実績を積んで成長している。
うかうかしていると俺の方が取り残されそうだ。
「さて、そろそろ終業時間か。送っていくよ」
「うん」
そう言うと、結衣花は俺の腕を掴んだ。
ちょうどその時、廊下の向こうから音水がやってくる。
「笹宮さぁーん! 頼まれていた仕事、できました! 褒めてください!」
「おう。偉いぞ、音水」
「えっへへ。……あれ、結衣花ちゃん?」
結衣花を見た音水は、なぜか固まっている。
ん? どうしたんだ?
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、音水が固まったわけとは?
投稿は朝7時15分。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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