彼女がシャワーを浴びたら……


 音水がシャワーを浴びている。

 

 冷静に考えると、かなりヤバい状況だよな。

 男として、つい何か起きるのではという期待をしてしまう。


 音水は後輩。

 教育係と新人という関係の時期もあったし、今は部下。


 もし間違いが起きれば確実に音水は別チームに変更されてしまうだろう。

 彼女のためにも、それだけは絶対にあってはならない。


 まぁ、大丈夫さ。

 散々周りからヘタレ男という名誉ある言葉をぶつけられ続けてきたんだ。


 自分で言うのもなんだが、いざというときになにもできなくなる自信がある。


 ふっ……、勝ったな。


 ここで浴室の方から音水の呼ぶ声がした。


「笹宮さん……」

「どうした?」

「すみません。バスタオルが浴室前のカゴにあると思うのですが、取ってもらっていいでしょうか」


 あ、しまった。

 俺が突然来て先にシャワーを浴びたから、事前に用意していたバスタオルを使ってしまったんだ。


「わかった。ええっと……、これか」


 本棚のようなシェルフボックスの中にあるカゴを取り出すと、バスタオルが綺麗にたたまれていた。


 以前音水に部屋のレイアウトを手伝ってもらったことがあるが、オシャレに整理整頓できるのって才能だよな。


 天然っぽいところが目立つけど、良妻スキルが意外と高い。


「ほら、音水。バスタオルだ」


 すると音水は浴室のドアを少しだけ開いた。

 一瞬、そのわずかな隙間から音水の肌が見えたが、すぐに目を逸らす。


「ありがとうございます」


 そう言って、音水は隙間からバスタオルを取ろうとしたのだろう。


 だが、伸ばした手は俺の手に触れる。


「……!?」


 ハンドタオルで拭いたであろうその手は濡れてはおらず、しっとりとした質感が俺の皮膚に伝わってきた。


 彼女は俺の手の感触を確かめるように指を滑らせる。


「笹宮さん……」


 甘い声、求めるような響き。

 壁の向こうには一糸まとわない音水がいる。


「は……はやく体を拭かないと風邪をひ……ひくぞ」

「あ、はい」


 震える声で強引に話題をバスタオルへ移す。

 するとドアの向こうからまるで我に返ったような音水の声がした。


 バスタオルを渡し終えた俺はリビングに戻り、揺らいだ理性を取り戻そうと座布団の上にあぐらをかく。


 ったく、俺は何を考えているんだ。


 そりゃ、音水が俺に好意を抱いてくれていることは知っている。そのことは素直に嬉しい。


 あれだけ可愛い女子社員とずっといたんだ。

 俺だってうっかり男の妄想に浸ってしまったときはある。


 だが、俺は元教育係として彼女の成長を見守ってやりたい。

 ようやく音水の上司になれたのに、いきなり部下に手を出すなんて最悪だ。


「おまたせしました……」

「おう」


 シャワーを終えた音水が戻ってきたので振り向くと、バスローブ姿の音水が髪をほどいて現れた。


 普段は後ろで髪をまとめているので、印象が全く違う。


 目が会った時、お互いの動きが止まった。


 男と女がお互いにひき合う時の雰囲気ってあると思う。

 甘いような、じれったいような。

 今、俺と音水の間には完全にその空気が流れていた。


「笹宮さん……」


 音水はスッと俺の隣に座り、腕に掴まってくる。

 バスローブの隙間から大きな胸の谷間が見えそうになり、俺は視線をそらした。


「あったかい……」


 これ、もう無理じゃないか。

 どう考えても、このあとは……いやいやいや。考えてはダメだ。

 少しでも想像したら、俺の理性は木っ端みじんになる。


「お……音水。俺達は……その、上司と部下で……」


 言い訳がましいことを言いながら、もしそんな関係になったらという期待が消えてくれない。


 さすがに今回は、もう……。


「すー、すー」


 ん? なんだこの気持ちの良さそうな音は。

 いや、声だ。

 これは寝息というものだ。


 見ると音水は俺の腕に掴まったまま、気持ちよさそうに眠っていた。


「……音水?」

「すー。すー」


 完全に熟睡している。

 それりゃあそうか。もう夜中の三時を超えているんだもんな。


「ふっ、しょうがない後輩だ」


 俺は音水をベッドまで運び、布団の中に入れてやった。

 このまま出て行くこともできるが、さすがにそれだと不用心だろう。


 仕方がなく、俺は玄関で仮眠を取ることにする。


 朝になったら音水は驚くだろうな。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、いよいよテコ入れ案が始動!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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